魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

534. 婚約ブームの火付け役

 両親の話に感動したイポスに、さりげなく釣書を持たせる。残った分もアデーレやベリアルを使って、彼女の部屋に運び込ませた。片付いて広くなった執務机に満足げなルシファーの前に、アスタロトが大量の書類を積む。


「せっかく片づけたのに」


 リリスと遊ぶ時間を作れると思ったが、甘かった。僅かでも机に隙間が出来ると積み重ねに来る鬼が、今日も大量の書類を並べる。膝の上のリリスに、光る折り紙を与えて遊ばせていたルシファーが嘆いた。


「陛下。いま城内で婚約がブームになりつつあるのをご存じですか?」


「いや、知らないな」


 本当に知らないので、首をかしげる。城に勤める者が、一斉に婚約相手を探し始めたという意味だろうか。


「切っ掛けは、アムドゥスキアスとレライエ嬢の婚約です」


「羨ましくなったのか」


 なるほどと頷けば、アスタロトに溜め息をつかれた。違うのなら言葉で言え! と思いながらも口を噤む。うっかり反論すると長いのだ。今日は絶対にリリスと散歩する時間を作る、その決意のもと反論は飲み込んだ。


「……陛下、昨日から城内に人が多いと思いませんか?」


 記憶を辿るが、たしかに城内ですれ違った種族が多い気がした。普段はあまり見かけない精霊や神龍族、獣人系も増えていたか。


 リリスが喜んで手を振るので、皆も応えてくれた。お陰でリリスのご機嫌は最高潮だ。朝から音もリズムもズレた鼻歌を披露して、疲れるほど手を振り回した。あちこちでお菓子や花を貰うこともあり、嬉しそうに愛嬌を振りまいては笑っている。


 そんな機嫌のいいお姫様と散歩したいのだが、側近の話はまだ終わりそうになかった。


「彼や彼女らは、婚約の恩恵を受けに来たのですよ」


 意味がわからない。婚約したカップルを見て幸せを感じることはあっても、婚約に恩恵があるのか? 口元に手を当てて考え込むと、リリスが真似をした。


「可愛い」


 漏れた本音に、自分で慌てる。アスタロトは苦笑いして、聞き流してくれた。


「恩恵とは何だ?」


 拝むと恋人ができるわけでもあるまい。疑問は予想外の答えで返された。


「ルシファー様を拝むと、早く婚約できるそうですよ。老若男女関わらず、独身の者が城に押しかけています」


「はあ? なんだ、その奇妙な話は」


「1万歳近い年の差婚を成就させ、イポス嬢の婚約者探しを魔王自ら行っている。あなたに気に入られたら婚約者が見つかる、と拡大解釈した者から噂が広まっています。早く手を打たないと、釣書に埋もれて潰されますね」


 男女問わず送られてきた釣書が、部屋の片隅に置かれている。あれはそういう意味だったのか。知らずに積んだルシファーは頭を抱えた。


 これではリリスと過ごす時間が削られてしまう!


「噂の打ち消しは、ベールに任せました。しばらくルシファー様には城から消えていただきます」


 城を追い出される魔王は、側近の次の言葉に大喜びした。もちろん表に出すようなミスはしない。表面上は厳粛な顔を崩さず、無言で頷いた。


「視察も残っていますし、地方からの嘆願書も溜まってきました。数週間、帰らずとも構いませんから、新しい噂だけは作らないでください」


「わかった……世話をかけてすまない」


 大仰に答えて、準備のため立ち上がった。金色の折り紙で鶴を折るリリスを抱き、さっさと逃げ出す。


 廊下に出たところで、リリスがルシファーの髪を引っ張った。


「パパ、お散歩?」


「旅行しようか。あちこちでお買い物したり、狩りもできるぞ!」


 目を輝かせるリリスの手が、作りかけの鶴をぐしゃりと握った。紙屑になった鶴のなり損ないを回収し、足早に自室へ飛び込んだ。アスタロトの気が変わる前に城を出よう。手早くリリスがお気に入りの人形を持たせ、中庭へ向かう。


 転移した魔王は忘れていた。護衛のイポスに休暇を与え、ヤンは転移できず、誰も随伴者がいなかったのだ。魔族最強の男に危機感はなかった。


「リリスと休暇だ」


 浮かれた発言は、不吉な予感を招き寄せるフラグであった。

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