魔王様、溺愛しすぎです!
529. パパは伝書鳩でした
「陛下、お話は終わりましたか?」
向かいから歩いてきたベールが尋ねるので、手にした契約書をひらひら揺らして見せた。整った顔の魔王から、大きな溜め息が漏れる。
「婚約に関する契約書はもらえた」
いくらでも曲解の余地がある言い回しに、ベールは不思議そうな顔をする。長い銀髪を手で押さえ、書類を手に取って眺めた。内容に気づくと眉をひそめ、続いて困惑する。
「財産の譲渡、ですか」
一番最初の項目がそれというのも、随分と即物的だ。数百年前に人族が行った奴隷制度による人身売買に付随して、多額の婚礼金で花嫁を買う習慣の流行した時期があった。
魔族は眉をひそめて傍観したが、当時に見目麗しい人魚族や妖精族が誘拐され売られる事件が起きたので、魔王史にもきちんと記載される騒動となったのだ。あの時の契約書に似た文面に、ベールが口を開いた。
「失礼を承知で申し上げれば、これでは身売りではありませんか」
「オレもそう思う」
「でしたら……」
「本人の要望通りなんだ」
「は?」
「だから、本人の要望通りに契約書を作成したらこれが出来た」
ベールの手から回収した書類をひらりと揺らし、ルシファーは溜め息をつく。確かにアムドゥスキアスへの詫びを兼ねた話だが、魔王が少女の婚姻の斡旋を行った上、その契約書を運ばされるのは何か違う気がした。
オレの扱いが軽すぎないか? そんなルシファーの内心が、溜め息に滲んだ。最近の世代の考え方が理解できないと、年寄りじみた考えも過る。
「レライエ嬢の希望でしたか」
一番最初に財産を書いたのは、彼女のたっての希望だ。その次に仕事、最後に愛情――いろいろと順番が間違っている。あの年齢の女性はもっと夢見がちで、恋愛、金、仕事ぐらいじゃないか? そんな呟きに、ベールがちくりと釘を刺した。
「一般的にお金は一番最後でしょう」
言われて、自分の認識も多少おかしかったと反省しきりのルシファーは足早に、客室がある階下へ向かった。ひらひら手を振ってご機嫌のリリスごと見送り、後ろに控える空気のようなイポスに気づく。
「彼女も適齢期過ぎましたから、そろそろ誰か探さないといけませんか。確かサタナキア公から陳情が出ていた気が……」
執務室へ戻ったベールは目当ての書類を探すために、山になった紙束を崩し始めた。
「パパ、どこいくの?」
1階についた時点で、ようやくリリスが行き先に興味を示した。通りすがりのエルフやコボルト、たまに混じる別種族の人たちに手を振るのに夢中で、今まで何も言わなかったのだ。
「……アムドゥスキアス、翡翠竜のところだ」
「なんで?」
「レライエから預かった書類を置きに行く」
「……パパ、鳥さんみたい」
伝書鳩のことだろうか。ショックを受けてくらりと立ち眩みを耐える。娘に「魔王のパパは伝書鳩」と直球で告げられた痛みに、胸を押さえた。
「どうしたの?」
「鳥さんって、どんな鳥さん?」
尋ねなければこれ以上傷が深くなることはない。スルーしろ、聞かなかったことにするんだ。そんな心の声に逆らったルシファーに、リリスは笑顔で言い放った。
「お城に来る白い鳥さん」
やっぱり伝書鳩だった。イポスが気の毒そうにしながら、崩れ落ちそうなルシファーを支えてもいいのか手が迷っている。結界があるので触れても弾かれそうだが、それ以前にいきなり触ったら不敬だろう。おろおろする手を、首を振って拒んだルシファーが「何も聞いてない」と繰り返し呟きながら歩き出した。
少し先の客間をノックして返答を待って開ける。その部屋は全体に淡い黄色やオレンジを配色した、柔らかな空間だった。ベッドも同じ部屋に置いた造りは、彼の希望通りだ。続き部屋の広さが落ち着かないと言われ、一部屋にすべて収めた客間を用意した。
「陛下! どうでした? 彼女のお返事は?!」
興奮した様子で走ってきた翡翠竜は、人型をとっていた。エルフに似た緑の髪に、珍しい金色の瞳の少年姿――顔立ちは整っている方だろう。人族に混じれば王子様のようなきらきらした雰囲気がある。ある意味、似たような年齢の少年に混じっても目立つ外見だった。
少年のはしゃぎっぷりで飛びつくアムドゥスキアスの首根っこを掴み、ソファの上に放り投げる。起き上がった彼の前に書類を突きつけた。
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