魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

518. 住民達は噂と珍味に飢えている

「でかいなぁ……」


「食えるのか?」


「それより、暴れてたんだろ! 被害はなかったのかね」


「無事そうだけど」


 大公と魔王が勢揃いした城門前で、城下町の住人達は騒いでいた。フェンリルより大きな亀が縛られて転がり、鳳凰が放った炎は消える。消火の手伝いがてら見物でも……そんなニュアンスの住民に危機感はなかった。魔王や大公が守ってくれるし、万が一があっても自業自得だと受け止めるだけだ。


 ある意味潔い種族ばかりの魔族は、弱くて死ぬのは納得するし、強いが負けて死んでも仕方ない。何にしろ自力で生き残れなければ、相手を恨むのはお門違いという気風だった。


「陛下、その亀……食べられそうですか?」


「わからん」


 城門から下りたアスタロトの質問に首を横に振る。毒があるかどうかは食べてみないと分からない。外見上は毒がなさそうな亀の足を、ベルゼビュートが元聖剣で切り落とし始めた。のこぎりのように何度も引かないと切れないのは、表面に粘液を纏っているせいだ。油と一緒で滑るらしい。


「さっき切った尻尾はどうした?」


 わざわざ切らなくても、最初に落とした尻尾があるじゃないか。そんなルシファーの問いかけに、ストレートになった髪を三つ編みにしたベルゼビュートが振り返った。


「燃えちゃいましたわ」


 あっさり肩を竦めて説明し、ベルゼビュートは足の一部分を切り落とす。亀の悲鳴だか呻きは無視された。この時点で亀は魔物分類となっている。意思の疎通ができないだけではなく、魔王に敵対して魔王城を襲った状況が悪かった。


 本体から切り離された部分に、風や火、水魔法の無効化は適用されない。それならば切り落とした足も焼けば火が通るだろう。剣に刺したままの肉を炙るベルゼビュートが、近くにいた魔獣を招き寄せた。きちんと焼いてから渡すのは構わないが、危険ではないか?


「ベルゼビュート、魔獣に食べさせても平気……」


「ほんはひあひはへんは(問題ありませんわ)」


 自ら毒見を済ませていた。彼女の勇気、という名の無謀な行動には感心する。口いっぱいに頬張った肉を食べながら、残りを魔獣達に振る舞った。自然発生の毒に関しては、ほとんど無効化するベルゼビュートが先に食べたことで、魔獣も匂ってからかぶり付く。


「味も美味しいですし、残りも切り分けますか?」


「……できれば止めを刺してから頼む」


 生きたまま手足を切るのは止めてやれ――その命令に、ベルゼビュートは新しい愛剣を撫でまわしながら頷いた。よほど気に入ったのだろう。グラシャラボラスと名付けた剣を、割れた亀の甲羅からまっすぐに突き立てた。動かなくなった亀を確認し、ベルゼビュートが住民達に指示を出す。


「解体スキルのある者は手伝って! バラし終えたら焼き亀肉と亀鍋のパーティーよ」


 勝手に行事を作った彼女の号令に、住民達は「おう」と拳を振り上げて亀にとびかかった。あちこちで粘液と苦戦しながら、手足を切り落としていく。この調子ならば、あと数時間で完全にバラバラの食材になるだろう。


「パパ、リリスのお仕事なくなった」


「そうだな。終わったからご褒美にこれをあげよう」


 薔薇の花に似せた飾り飴の花束を渡すと、目を輝かせる。視察に行く前に注文した飴だが、部屋に届いたので手元に取り寄せたのだ。リリスの飴好きが伝えられた城下町では、現在飴細工が熱い。人気のお菓子として、飾り飴が大流行していた。女性へのプロポーズに使うそうだ。


 知らぬ間に流行を作る魔王妃候補は、ご機嫌で飴の薔薇を振り回した。飾り物なので薄い飴は割れやすい。壊すと泣くのは分かっているので、先に結界で包んでおいた。リリスが全力で叩きつけても大丈夫だ。雷だと少しマズイが、ぎりぎり持ちこたえられるはずだった。


「ありがとう! パパ」


 言うなり、いきなり齧りついた。飴の表面はビニールなどの袋をかけていない。魔法が使える魔族は様々な魔法陣を食材の入れ物に描くことで、凍結させたり埃避けをする。今回は花束のリボンの模様が魔法陣の魔法文字になっていた。


 ぱりっと音をさせて薔薇を齧る姿は、本当に可愛い。花を食べるなんて、天使のようだ。うっとりしながらリリスに見惚れていると、ぽたっと赤い血が垂れた。


「ん?」


「パパぁ、ささった」


 噛んだ薄い飴が唇に刺さったらしい。可哀想に傷になった唇の上部から、ぷっくりと赤い血が滲んで玉になった。眉尻をさげたルシファーは「痛いだろ」と呟きながら、ぺろりと傷口を舐める。同時に治癒魔法を使ったので、傷はきれいに消えた。


「治った!」


 嬉しそうにまた飴を齧る姿は、まったく学んでいないが……そんなところも可愛い。デレデレの魔王の周囲で、恐ろしい疑惑が膨らんでいた。


 魔王様は魔王妃リリス姫にキスするため、唇が切れそうな飴をプレゼントしたらしい。姫もわかっていて再び飴を齧ったそうだ――その噂の最後はこう締めくくられた。『魔王様も魔王妃様も幸せそうで何より』と。


 ちなみに噂は後日、アスタロト達に「まだ魔王妃じゃありませんよ、候補です」と訂正されたことで鎮静化したという。

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