魔王様、溺愛しすぎです!
516. すっぽんなら鍋に出来ますが
「リリス、中に入るけど雷は禁止だ。魔法も使わない。敵を監視する任務を与える」
ダメだと否定されるとやりたくなるのが、子供の心理らしい。先日読んだ育児書の内容を参考に、子供には仕事を与えて褒めて育てる方針で、任務を与えてみた。満足げに頷くリリスが繰り返す。
「どーんしない! 魔法しないでかんし? する」
「監視は、あの亀が悪いことしないか見る係だ。危なかったら声をあげて教えてくれ」
「わかった! リリス出来る!」
嬉しそうな幼女の黒髪を丁寧に三つ編みにしてから、後ろで髪留めに絡めて留める。上から彼女の好きな薔薇の髪飾りをして、固定魔法陣をつけた。これで多少の戦闘でも、髪がほつれたり焦げたりする可能性はない。
「僕、先に行くね」
「待って下さい。ルキフェル」
城門からドラゴンの羽を広げたルキフェルが飛び降りる。最近肩まで伸びた水色の髪がふわりと舞った。結んでいた髪紐が途中で解けたらしい。ひらひらと風に踊る紐が落ちていく途中で、高熱に発火して灰になった。
後を追うベールが虹色の膜を纏って飛び込む。幻獣王の彼に鳳凰の炎は効かないが、服や飾りは溶ける可能性がある。しっかり保護して炎に入るあたり、まだまだ余裕があった。
「では私も失礼して……」
笑顔で炎に向かうアスタロトの裾を掴み、ルシファーが複雑そうな顔をした。後ろを振り返れば、少女や衛兵が不安そうだ。実力者すべてが炎に飛び込んでしまったら、大局を見て判断する指揮官不在になってしまう。
「オレが行くから、お前は残れ」
「嫌です」
「そうだろう……え?」
まさかの反対意見に、ルシファーが聞き返した。そこは普通、わかりましたと了承する場面ではないのか。城の前で起きた騒動に大公と魔王全員が消えたら、誰に指揮を仰げばいいか困る。
「わかりました。譲りましょう。貸しですからね」
「……しょうがない」
あとの請求は怖いが、わくわくして任務を果たそうと身構えるリリスをがっかりさせるよりマシだ。覚悟を決めて、翼を広げた。純白の髪を絡めた4枚の翼は黒い鳥を思わせる。広げた翼をばさりと羽ばたかせ、滑空する形で炎の中に下りた。
ルシファーは気づいていないが、そもそも貸しに数えられる状況ではない。まんまと側近の罠にはまった魔王は、炎の中で巨大な亀を見上げた。
「アスタロト様、まだ炎いりますか?」
城門前に舞い降りたアラエルが尋ねる。魔力は足りているので炎を追加しても構わないが、上層部の方々に向けて炎を吐いていいものかどうか。判断に困る状況だった。不敬だと言われそうだと首をかしげる鳳凰の足元に、鱗の人々が這いつくばって唸っている。
崇めている状況はともかく、全体的に混沌とした光景だった。
「消えてきたら追加する程度にしてください」
明確な指示を与えられ、アラエルは頷く。背を滑って遊ぶピヨが「わかった」とリリスのような返事をした。彼女の姿が見えた途端、大喜びした人々が頭を下げる。まだ罪人扱いで両手を後ろに縛られたままなのに、なんとも信心深い? ことだ。
感心しながら足元の奇妙な光景を見下ろしていたアスタロトが、突然膨らんだ魔力に気づいて顔を上げた。燃え続ける亀の甲羅がぱっくり割れるのが見える。
「……あれは、聖剣とやらでは?」
かなり前の代の勇者が負けた際に回収した剣だった。収納空間が広くて安定しているルシファーに預けた剣は、ご機嫌で振り回すベルゼビュートの手に握られる。剣技ならアスタロトより上位の彼女は刃をこぼすことなく、技量だけで剣を扱った。
扱いが難しい剣で、使い手を選ぶ。そのためルシファーが保管して忘れていた武器だった。実は戦いの最中にベルゼビュートの剣が甲羅に刺さって抜けなくなり、代わりの剣として収納から引っ張り出したのだが、外で見ていたアスタロトは知らない。
甲羅に入ったヒビを、ルキフェルの魔法陣が広げていく。ミシミシと嫌な音が響き、ぐぎゃああと悲鳴が亀の口をついた。
「すっぽんなら鍋に出来ますが……」
火事に気付いて城下町から駆けてくる住民達は、きっと戦いの見学や消化の手伝い感覚だろう。ならば食料となる亀だったら、炊き出し用の鍋にして配ってもいい。問題は食べられる魔物かどうか。アスタロトの怖ろしい呟きに、少女達は首をかしげた。
「「「「すっぽん、って何?」」」」
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