魔王様、溺愛しすぎです!
486. 2人ともお茶菓子抜きです
「部屋を用意させましょう」
さすがに魔王の私室でこのまま会議を行う気はなく、ルキフェルを追って駆け付けたベールが手配を始めた。ベリアルとアデーレが準備に走り、謁見の間近くの応接室に移動する。
頭数に数えなくても、リリスは当然魔王の腕の中が定位置だ。泣いて騒いだせいで赤い目元を魔法陣で治癒してもらい、はふん……と可愛い欠伸をひとつした。
地方に遠征中のベルゼビュートに呼び出しを送り、全員が集まるまでの時間をリリスに費やす。先ほどのご機嫌斜めな癇癪の理由が不明のままだった。黒髪を優しく撫でて注意を引くと、リリスはお人形片手に顔をあげる。
「さっきはどうして機嫌がわるかったんだ?」
最近は膝の上に向かい合って座り、ぎゅっと両手で抱き着くことが増えたリリスのために、少し裾の長いワンピースにした。パニエでスカートを膨らます一方、間違っても下着が見えないよう注意する。寒さ対策もかねて子供用のタイツを履かせた完全防備で、リリスは小さな足をぶらぶらと揺らす。
「やだったの」
「何が嫌だったか、説明して欲しい。気づかないで、またオレが嫌なことしないように教えてくれるか?」
首をかしげて答えを待つルシファーへ、リリスは予想外の言葉を返した。
「抱っこ」
「……抱っこ、が嫌な…の、か?」
毎日抱っこして普通に生活していたから、それが日常のルシファーにとって、衝撃の告白だった。確かに前は3歳頃から保育園に通わせたから、抱っこの時間は減ったが……今は保育園の必要もないので連れ歩いている。片時も離さず抱っこするルシファーを、鬱陶しいと感じたのか。
ショック過ぎて言葉が途切れ途切れになる挙動不審な魔王が、口元を押さえて俯いた。どうしよう、人前だけど泣きそう……。そんな会話に気づいたアスタロトが、呆れ顔で溜め息を吐く。
言葉を端折って結論だけを告げるリリスは幼いから諦めるとして、数万年を生きた魔王が幼女の言葉で一喜一憂しては困る。無粋を承知で口を挟んだ。
「リリス嬢、途中を省かずきちんと説明しなさい。ルシファー様も聞き出す努力を惜しまない」
仕事ならばきっちりこなすのだが、リリス事案となれば周囲が見えなくなる。悪く表現するなら猪突猛進、最高の表現だと一途だろうか。ここ数十年で、魔王の補佐の重要性が変わったのは事実だった。
「リリス嬢は抱っこされるのは構わないけれど、たまには一緒に手を繋いで歩きたかったのでしょう?」
「うん」
「先日新しい靴も買ったばかりですから、履いて出掛けたかったならそう言えばいいのですよ」
「わかったぁ、ごめんねパパ」
本当に最後の結論だけを突きつけていた事実に、ルキフェルが苦笑いする。ベールが用意したお菓子を食べながら、手元の資料の並び替えや最終チェックを始めた。研究資料はある程度纏めてあるが、他者に説明する順番も大事だ。
「ルシファー様はリリス嬢の言葉に過剰反応しすぎです。嫌いになれば、リリス嬢ははっきり言いますよ」
「……え、嫌われた?」
「言葉尻を捉えず、最後まで聞いて判断してください。手を繋いでお散歩がしたいそうです」
気分は保育園の先生である。かつてのドライアド達の苦労を思い出し、アスタロトが砕いた説明をした。青ざめていたルシファーの顔色が、ようやく明るくなる。
「そうか、散歩したいなら一緒に行こう。赤い靴か? 黒い靴、サンダルもいいな」
「しゃんだる!」
「気に入ったなら、別のも買おう。アスタロト、靴屋を呼べ」
突然回復したルシファーの命令に、側近はぴしゃりと雷を落とした。
「ダメです。今月は使いすぎですから、来月にしてください。それとこれから会議です」
「……けち」
「アシュタのけちぃ」
ルシファーの真似をしたリリスが唇を尖らせる。可愛いと呟きながら、ルシファーがその尖った唇を指で押し戻した。
「2人ともお茶菓子抜きです」
漫才のようなやり取りに、アベルはソファの片隅で笑いを堪える。魔力が高い魔族は恐い、すぐに人を殺す。そんな話を植え付けられて怯えたが、彼らもただの人――大きな力を揮うが、自分達と同じように優しさや情けを持っていた。
きちんと誠実に対応すれば問題ない。気持ちが軽くなって、用意されたお茶に手を伸ばした。
「ねえ、何か吹っ切れたの?」
書類整理の手を止めず、ルキフェルはぼそっとアベルに声をかけた。一瞬だけ視線を寄こすが、すぐにまた資料を睨みつける。
「先日の会議での無礼と、今回の姫様への失礼をお詫びしました。君にも迷惑をかけてごめんなさい」
素直に頭を下げると「別にいいよもう」と早口で返される。しかし乱暴だった資料の扱いが少し穏やかになって、彼の指先が丁寧に資料を積み重ねた。
「本当に次はないからね」
「うん、ありがとう」
素で応じてもルキフェルは態度を変えない。あれだけ怖かった子供に笑顔で礼が言える今を、アベルは心地よく感じていた。この先、大きな問題があっても乗り越えられると――そう思った。
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