魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

479. 長い昔話は年寄りくさい

「大公位に就いてすぐの頃でしょうか。ルシファー様の代理として、ある種族を訪ねる機会がありました。なんでも力づくで解決してきた一族で、他種族との軋轢あつれきが酷くて……仲裁に向かったのです」


 森の奥で暮らす彼らは、巨大な体を誇る種族だった。揉めると暴力で解決する――そのこと自体は魔族にとって悪ではなく、当然の摂理だ。しかし些細な言い争いで相手を半殺しにした巨人族ギガントに事情を聞き、双方の言い分を突き合わせて処断するのがアスタロトの役目だった。


 すぐに片付くと思われたが、話の途中で都合が悪くなると口籠くちごもり暴力を振う。話し合いは都度中断し、苛立ったアスタロトはギガント達を一方的に叩きのめした。さすがに殺す気はなかったが、怒りの感情に従い手ひどく扱った。


「巨人族が私に不信感を抱くのは当然で、簡単でした。口が達者なケンタウロスに言い負かされて、悔しさから手を出してしまうギガントの感情を理解しなかったのです。ギガントは考えて吟味した言葉を口にする傾向が強く、口早に言い負かすケンタウロスとは相性が悪かった」


 お茶を飲み干し、ポットから新たにお茶を注ぐ。目を見開いて話を聞くアベルの器も空になっていた。そこへ新しいお茶を注げば、素直に礼を言う。本質が悪いのではなく、置かれた境遇が悪かったのだ。これは今の話のギガントと同じだった。


「ギガントは私が彼らを断罪すると思ったのでしょう。揉めた当事者であった青年は、一族に迷惑を掛けられないとその場で命を絶ちました。命がけで抗議されて……それでも私はしばらく彼の行動の真意に気づけませんでした」


 気づいたのは、事情を知ったハルピュイアが報告をしたからだ。放浪癖があるハルピュイアを快く受け入れてくれるギガントの名誉を回復したかったのだろう。必死の説明には「ギガントは口下手で、言葉を練ってから話す」という巨人族の習性が含まれていた。


「何か言いかけては口籠る彼らの姿を、大きな身体で情けないと考えた私は動揺し後悔しました。自害した青年は狩りの獲物を巡りケンタウロスと争った。その際に名誉を傷つけられた抗議の言葉を茶化され、かっとなって手をあげた。きちんと話を最後まで聞いていたら、あの青年は死なずに済んだのです」


 自嘲を含んだアスタロトの耳に「知らないなら、しょうがないです」と慰めるような言葉が届く。くすくす笑いながら、その言葉をそのままアベルに返した。


「そう、知らなければ仕方ない。あなたも同じでしょう。リリス嬢は捨て子だったのですよ。ルシファー様が拾わなければ、魔物の餌になっていた。あの召喚者達も同じ、あなたの尽力を知らないから自分達の思惑で動く。少女達もあなたの置かれた立場を知らないから、行動だけで判断し一方的に責め立てた」


 言われた内容は衝撃的だった。


 無知であることに恐怖を覚える。知らないだけで他人を傷つけ、知らないから言葉を刃として振りかざし、相手を傷つけた事実すら知らないなら――。伝えなければ相手は知らないまま、一方的に己の正義を振りかざすのだ。伝えなかった者に落ち度がないと言えるか。


「話は終わりです。後はあなたの考えたままに行動すればいい」


 立ち上がると茂みの間から外へ抜け出す。久しぶりに昔の後悔を思い出した。行き違いで命を奪うような無駄な行為も、ずっと胸に突き刺さる後悔も、後味の悪さが残るだけ。


 リリスを守る少女達は、まだこの痛みを知らない。知ればひとつ階段を上って振る舞いや思考に幅が出るだろう。だが知らないまま育ててやりたいとも願うのだ。わざわざいばらに手を入れて傷を負うことはない。


 しかし傷の痛みを知ることで、彼女らはステップアップできる。どちらを望むのか、自分でもわからないアスタロトは空を見上げた。暮れ始めた空の茜色に、溜め息が漏れる。年長者ゆえに忠告したくなるが、長い昔話は年寄りくさかったか。


「……随分と私らしくない行動でした」


 珍しくも甘い対応をしてしまった。これがギガントの青年が残した棘ならば、悪くない。そう思って足を踏みだした先に、見慣れた純白の青年がいた。


「アスタロト……その……」


 言い出しにくいルシファーの気持ちに気づく。いつもの自分ならとっくに処分していた。いつも通りに笑みを作り、優雅に一礼して歩み寄った。


「ルシファー様は、私を信じていないのですね」


「信じてなければ、問いただしたさ」


 軽口で応じたルシファーは、眠り続けるリリスを抱いたまま歩き出す。半歩下がって従うアスタロトへルシファーが首をかしげた。


「機嫌がいいな」


「そうですか?」


 言わなくても伝わる。この関係を築くまで、多くの失敗をして多くの命を無駄に散らした。それでも……主にはべる立場を勝ち得た今を誇るように、アスタロトは顔を上げる。後悔にうつむく時期は過ぎたのだから。

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