魔王様、溺愛しすぎです!
473. 選択はもう少し後で
謁見に来た貴族との食事や会話を楽しむために用意された部屋で、ルシファーはソファに腰掛けるとわずかに姿勢を崩した。その姿に何か言いかけて、アスタロトは口を噤む。すぐ後ろから入ってきたイザヤは、アンナを抱き上げていた。
「失礼します」
勧められたソファに先に妹を座らせ、隣に自分が腰掛けて肩を貸してやる。仲睦まじい兄妹の姿に、ルシファーは先に口を開いた。
「まだ具合が悪いのか?」
治癒魔法陣は傷や病気を治すためのものだ。だが失われた血や体力、魔力は回復できない。虐げられた期間の割に衰弱が激しいアンナを心配するルシファーへ、イザヤは残念そうに頷いた。
「はい。まだ怠さが抜けなくて」
「ふむ、食事の内容を変更するように命じるか」
滋養強壮に効く食べ物やハーブがあるので、それらを使うよう指示を出して侍女達を下がらせた。お茶の用意だけして姿を消した彼女らの魔力が遠くなったところで、ルシファーは足を組む。普段はリリスが膝にいるので、滅多に見せない仕草だった。
「魔法陣の完成を急がせているが、使えるかわからない。ルキフェルは魔法陣研究にかけては天才だが、初めて見る未完成の魔法陣を組み立てる以上、どうしても使用者に危険はある。使えるとして……そなたらは帰還を望むか?」
危険を承知で異世界へ戻ることを選択するか。残酷な問いであると知りつつ、この世界のヒエラルキーの頂点に立つ魔王であるルシファーは結論を彼らに委ねた。
正直な話、新たな召喚者が現れる可能性を潰した魔族にとって、手元の3人の処遇は大した問題ではない。この世界に残るなら問題なく生活できる環境を整えるだけだし、危険を承知で帰るというなら送り出すのみだ。
自動発動した魔法陣の仕掛け人は不明だが、あの中に召喚を逆転する魔法陣が組み込まれていたことから、魔族が把握していない異世界人が人族に紛れていた可能性が考えられた。彼らの知識で作られた魔法陣が置き土産のように都を守護しており、今回は発動条件を満たして攻撃を仕掛けた。
それならば、放置された魔法陣に組み込まれた『未知の世界へ続く魔法陣』の意味もわかる。人族は魔力量が少なく、召喚魔法陣や転移魔法陣といった複雑な魔術を使うために数人がかりで魔力を注ぐ。攻撃された際に死んだ人族の魔力を活用する魔法陣を提案し、当時の王族の力を借りて刻んだのだろう。
あれだけの大きさの魔法陣を都の地下に刻むには、魔族の公爵家クラスの魔力量が必要だ。隙間に自分が帰る為の魔法陣を隠して刻み、チャンスを待っていた可能性があった。
仕掛けられた魔法陣の古さからいって、当事者はすでに亡くなっている。今となっては確認する方法はないが、魔族との戦いが激しかった頃ならば、攻めてきた魔族に殺される人族の魔力を利用する魔術は実現性が高い手段だった。
無言で兄に決断を委ねるアンナと視線を合わせ、イザヤは本音を漏らした。
「帰れるなら帰りたいと思うが、妹が危険なら……試したくない」
「お兄ちゃん」
嬉しそうな妹の声に切ない表情で黒髪を撫でる手は、傷だらけで胼胝が出来ていた。ごつごつした手に時々黒髪が絡みつく。
「わかった。魔法陣の完成度を確認し、改めて尋ねるとしよう」
この場で不確定な要素がある未来への答えを求める不合理さに、ルシファーは首を横に振った。ifの要素が強い話で選択を迫るのは酷というものだ。ルシファーの話が一段落したのを見届け、アスタロトが彼らに提案した。
「部屋をそれぞれにわけましょう」
先ほどの会話から、アベルと言い争いをした事実は察している。同じ部屋に3人を押し込むのは居心地が悪いだろう。ましてや聖女アンナは具合が悪く、安静にして休む必要があった。成人が近い未婚の男女を一緒の部屋にすることは、魔族にとっても好ましい状況ではない。
彼らは罪人ではなく、客人として扱われているのだ。
「あの……兄と続き部屋か隣がいいのですが」
「ご兄妹ですから近くにいたいのも当然です。そのように手配します」
穏やかな面しか見せないアスタロトの笑みに、イザヤとアンナは安心した様子で肩の力を抜いた。
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