魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

472. それぞれの思惑がすれ違い

 不安だったから謁見の間に戻った。あの判断は間違っていない。だって僕がいない間に、欠席裁判が行われたらどうする? 勇者として魔王に対峙したから、もしかしたら処刑されるかも知れないじゃないか。今現在の扱いがいいからって、今後もそうとは限らない。


 魔王に見つかって、ルキフェルという竜の手をもつ子供に連れ戻された。引きずる彼に抗議しても、暴れてもまったく意に介さず放り出される。自分が叱られたからか、あのガキは年上の僕に噛みついてきた。その態度が気に入らなくて言い返したけど、迫力負けする。


 悔しいが、殺すと言われたら黙るしかない。


 謁見の間で起きたことを尋ねられ、僕は先輩に必死で説明した。彼らは人族を殺す相談をしてた。話に割り込まなかったら、僕らだって殺される対象だったのに。清野先輩は事情を聞くなり、まるで僕が悪いと言わんばかりの態度で突き放す。


「阿部は……なぜ彼らを怒らせたか、わからないのか」


 そう問われても怒らせる言葉なんて言わなかった。当たり前のことを、普通に口にしただけだ。そう思って返したら、清野先輩は嫌悪を露わにした。それきり話をしてくれなくなった。この世界に知り合いは先輩とアンナちゃんしかいないのに。


「僕は悪くない」


 先輩が心配そうにしながら妹を残して消えたとき、チャンスだと思った。今なら逃げられるんじゃないか? 殺される前に逃げようと彼女に声をかけたけど、無視される。誰も彼も僕を軽んじるのが面白くない。


 この世界の奴が勝手に僕たちを召喚した。魔王が世界の頂点だというなら、被害者である僕にもっと優しくして当然だ。暗い目をしたアベルの想いは淀んで、心の闇に沈んだ。










「リリス様、あちらで薔薇をみませんか?」


「お散歩をしましょう」


 退屈し始めたリリスの様子に気づいたルーサルカやルーシアが声をかける。リリスは後ろを振り返り、抱き締めるルシファーの腕をぽんぽんと叩いた。気を引いて目が合うと、にっこり笑う。


「あのね、お散歩する」


「それがいい。誰と行くんだ?」


「ルカとライ、シア、あとリーとイポスも一緒」


 4人の少女達と護衛騎士に手を振ってご機嫌の娘に顔を寄せ、頬にキスをする。嬉しそうなリリスも同じようにキスを返した。仲睦まじい魔王と魔王妃の姿を、側近達は穏やかな笑みで見守る。


「それなら安全だな。オレは仕事があるから……頼めるか?」


 後半を少女達へ向けると、4人は立ち上がって跪礼カーテシーを返答とした。リリスが小さくなってからも勉強やレッスンをかかさない彼女達は、膨らんだスカートを摘まんで美しい礼を見せる。満足げに頷いたルシファーがリリスを下した。


 黒い艶のある靴を履いたリリスが駆け寄る。さすがに散歩にサンダルは危険なので履き替えさせた。踵の高い靴はルシファーと手を繋ぐ時だけ――約束をきちんと守る幼女は、手を広げて待つルーサルカとシトリーに両手を預け、危なげなく歩いていく。


 付き従うイポスが一礼して追いかけた。彼女達から数歩下がるのは、護衛としての心得だ。


 後ろ姿が隠れるまで見送り、ほっと息をついた。召喚者に対して好意的なリリスに、厳しい現実を突きつける必要はない。知らなくて済む話なら、彼女に聞かせたくなかった。


「僕は魔法陣を完成させてくるね」


「私も事務処理が溜まっておりますので、失礼いたします」


 ルキフェルとベールが立ち上がると、慌ててイザヤが立ち上がった。深く頭を下げる。


「よろしくお願いします。それと、迷惑かけてすみません」


「いいよ。君には怒ってないから」


 ひらひら手を振ったルキフェルは当たり前のようにベールと手を繋ぐ。仲良く去っていく2人を追うように、ベルゼビュートが席を立った。


「あたくし、人族の都の後始末をしてきますわ。よろしいかしら、陛下」


 全権委任を求めるベルゼビュートの言葉に、ルシファーはリリスが残した菓子を収納しながら頷いた。この菓子は後で彼女に食べさせてやろう。


「構わん、任せる」


 些末事は部下に任せる。長く治世を続けると、すべてを自分が管理することは不可能だと身に染みて理解できる。各部門ごとに管理者を設け、その下にリーダーを作り、組織全体を動かす方法は無駄がなかった。


 人体の作りと同じ考え方だ。脳が指令を出した先で、関節や神経が動き、末端の指が動く。そこに無駄な指令や動きは一切なく、脳の思った通りに指が動くシステムが完成していた。魔族の寿命は長く、それ故に豊富な知識と経験に基づいた政治システムは完成形に近い。


 限りなく民主主義に近い――専制君主制。暴君がトップに立たない限り、トラブル対応が一番迅速で優秀な政治システムだった。


「では移動しましょうか」


 アスタロトの促しで、ルシファーはゆったりと身を起こした。

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