魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

469. お前ら臭いぞ

「だいじょぶ、パパ。我慢できるんだから」


 先に1枚食べさせようとしたルシファーの手を押し戻しながら、リリスが言い放った。しかしその視線が焼き菓子に釘付けなのは事実で、アデーレはわざと後ろを向いてお茶の用意を始める。普段は音をさせないのに、今はカップの音をわざと響かせた。よく気が付く侍女である。


 そこでルシファーは指先に力を込めて、ぱきんと焼き菓子を割った。


「ああ、割れてしまった。これでは皿に戻せないな~。もったいない、リリスが食べてくれないか?」


「……パパ困ってるの?」


「すごく困っている。割れた焼き菓子を皿に戻すなど、お行儀が悪いだろう」


 少しだけ考えて、アデーレの背中を見る。ルシファーの手の中で2つに割れた焼き菓子を見て、最後にイポス達が来るだろう廊下を見た。まだ誰の姿もない。今ならば間に合うぞと焼き菓子を近づけると、ひとつを自分の口に放り込み、残ったひとつをルシファーの口に押し込んだ。


「ほへへ、らいりょーふ(これで大丈夫)」


 証拠隠滅しょうこいんめつ成功だと笑うリリスの可愛さに、ルシファーがぎゅっと強く娘を抱き締める。頬ずりしているところに、転移魔法陣が開いた。終点をルシファーに設定したらしい。側近達の報告かと顔を上げると、なぜか返り血塗れの4人が立っていた。


 漂う鉄錆びた臭いに顔を顰め、思わず本音で呟く。


「お前らくさいぞ」


「やっぱり! ベルゼビュートのせいだからね!!」


 ルキフェルが地団太を踏んで癇癪を起す。かなり我慢していたのだろう。アスタロトは手早く自分の汚れを洗い落として、さっさと彼らから離れた。溜め息をついたベールが自分とルキフェルに浄化魔法陣を展開する。残されたベルゼビュートも、口を尖らせながら自らを浄化した。


 先に浄化してから帰ってくればいいのに……と思ったが口にしない程度の分別はもっている。発言したが最後、巻き込まれて当事者にされてしまう。経験を積んだ分、ルシファーも賢くなったのだ。


「なによ、あたくしの所為じゃないわ!」


 文句を言いながら黒いドレスに一瞬で着替えると、用意されていた椅子に座る。椅子が足りなくなるので、アデーレが新しい椅子とテーブルを並べ始めた。いつの間にやらアスタロトが手伝いに入ったので、すぐに準備が整う。


 全員がルシファーを囲む定位置に座ったのを確認して、仲裁のために声をかけた。


「どうした?」


「まずはご報告を」


 アスタロトが淡々とガブリエラ国の末路を語る。王都に残っていた人族はすべて処分し、建物もすべて粉々に壊したこと。跡地は完全な土の状態に戻したが、あっという間に魔の森に飲み込まれ同化しつつあることを説明した。すでに魔の森の木々が芽吹き始めたというのだから、成長の早さに驚く。


「どこで血塗れになったんだ?」


 今の説明の中に、彼らが血塗れになる原因が見当たらない。返り血なのは間違いないが、何を倒したらあんな大惨事になるのか。尋ねるルシファーへ、唇を尖らせたルキフェルが答えた。


「ベルゼビュートが爆発させたの!」


 短すぎて状況がよくわからない。


「数名の貴族が民に紛して隠れておりました。捕らえた獲物を持ち帰って遊ぶと言い出したルキフェルと、数人の分け前を望んだベルゼビュートが争った結果、獲物の入った空間が破裂しました。その近くにいた我々もとばっちりを受けまして……」


 ベールの説明でようやく状況が見えた。ルキフェルは自分の獲物を横取りされ、ベルゼビュートはお裾分け程度の感覚でちょっかいを出したのだろう。どちらもどちらだが、まあ……両方とも精神年齢が低いからな。自分のことを棚に上げて苦笑いするルシファーが肩を竦めた。


 中に入っていた人間えものが破裂したため、近くにいた4人が血を浴びてしまったのだろう。物騒な報告が終わる少し前、イザヤは妹を連れて戻ってきた。


「お待たせした」


 戻ってきたのはイザヤの方が早かった。同じ1階の部屋なので、庭を突っ切って近道したらしい。イポスが彼女らを見つけたのは3階の勉強部屋なので、支度をして下りてくるまでまだ時間がかかりそうだった。


 抱きかかえてきた妹を、優しい手つきで椅子の上に下したイザヤは頭をさげる。


「いや、早かったぞ」


 好意的な相手には好意的に。つねに鏡のように感情を返してきたルシファーの穏やかな対応に、イザヤは丁重に応じた。


「大事な時間を分けてもらう以上、待たせるのはこちらが悪い」


 言葉遣いは荒いが、考え方はアベルよりしっかりしていた。驚いた様子のアスタロトとベールが顔を見合わせる。その仕草で彼らの認識がわかった。無口なイザヤは何を考えているか分からないと思われていたのだろう。


 イザヤに対する、彼らの評価が一変した瞬間だった。

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