魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

465. くしゃみは危険の合図

 ドンッ!!


 衝撃波が飛んで、ぶわっと視界を覆う。結界が間に合わず覚悟を決めた吸血鬼を含めた、すべての魔族の足元に魔法陣が浮かんだ。衝撃波をぎりぎりで吸収して揺れる結界は、柔軟性のあるシャボン玉のような形状をしていた。


 ゆらゆらと爆風で揺れるのに、壊れずに持ちこたえる。下の結界内にいた別の魔族にも、転送した魔法陣が届いていた。手のひらで複製した大量の魔法陣を確認し、残った10個ほどを握りつぶす。


「リリス、いきなり攻撃しちゃダメだ。下にまだ魔族がいたぞ」


 仲間を巻き添えにしたらいけないと言い聞かせるが、白いハンカチで鼻水を拭く幼女は泣きそうな顔で首を横に振った。


「……しただけだも……ん」


 チーンと鼻水をかんだ音に混じって、拗ねた口調の反論が返ってくる。どうやら攻撃したつもりはなく、くしゃみの勢いで魔力を放出したらしい。本人が悪気なくしたことで、結果として被害が出なかったなら、これ以上叱るのは可哀そうだ。


「そうか、悪かった。でも次は気を付けてくれ」


「うん、パパがいるときは平気だけど、気を付ける」


 そこはパパがいなくても気を付けて欲しいものです。吸血鬼達の引きつった笑顔の裏に隠された想いは、全員共通だった。見た目が人形のように可愛らしく、また仕草も幼くて庇護欲を誘う。素直に他人の意見を受け入れ、優しさと慈愛を示す……が、時々おかしな暴走をするのが玉にきずだった。


 風邪は治癒魔法陣で治したはずなのに、まだ鼻を啜ってくしゃみをする。風邪ではなく、何かアレルギーの可能性もありそうだ。原因不明では治癒にも限界がある。眉尻を下げて心配そうなルシファーだが、仕事は忘れていなかった。


「アスタロト、残りをやる」


「……よろしいのですか?」


 驚きすぎて一瞬言葉が出なかったアスタロトは、念のためにと真意を正す。腕に抱いたリリスの黒髪に頬ずりしながら、彼女の鼻水を拭っている。その姿は魔王ではなく、1人の父親だった。


「さきほど派手に発散したし……ああ、そうだ。ルキフェルやベール、ベルゼビュートにも分けてやれ」


「はい、それは構いませんが……」


 足元を見ると、さきほどリリスがくしゃみで破壊した街の半分が見える。残った半分は形を保っているが、都としての体裁は整わないほど無残な有様だった。ここから4人で分けると……あまり残りませんね。


「そなたら、迷惑をかけた。あとはアスタロトの指示に従え」


「「「はい」」」


 頭を下げた吸血種族の若者が感動した様子で目を潤ませる。足元に集まってきた魔族達にケガがないのを確認しながら、ルシファーは声をかけた。


「さきほどは驚かせて悪かった。もしケガ人がいれば申し出るがよい」


 魔獣やドラゴン、龍と様々な種族が首を横に振る。魔王陛下万歳と叫ぶエルフに至っては、まったく無傷だった。彼らに穏やかに微笑みを向け、リリスにも挨拶するように促す。


「どん! しちゃって、ごめんなちゃい……っくち」


 再びくしゃみをしながらも、なんとか謝罪を行う。フードの兎耳がぺこりと倒れた。顔を上げたリリスに、数人のエルフが手を振ってくれる。どうやら城で働いた経験があるらしい。嬉しそうに振り返したリリスに、魔獣やドラゴン達も一斉に手や尻尾を振り、喜びを表した。


「……大丈夫そうだな」


 全員結界が間に合ったようだと判断したルシファーに、吸血鬼王はゆったり一礼した。


「問題があれば、私の方で対処いたします」


 あとは任せると呟き、足元に転移魔法陣を描いた。その瞬間、リリスが「ひ、っくちぃ」とこらえきれなかったくしゃみを漏らす。我慢しようと堪えた結果のくしゃみは、予想外の事態を巻き起こす。大量の魔力を放出したリリスの影響で、転移魔法陣が眩しく輝いて彼らを包み込んだ。


 魔王と魔王妃が消えた現場では「神々しい」「さすがは陛下だ」「リリス様のお姿が愛らしかった」と様々な感想が飛び交う。しかしアスタロトは顔を引きつらせ「どこまで飛ばされるんでしょうね」と心配を口にした。


 限界以上の魔力を取り込んだ魔法陣の暴走だが、彼らなら大丈夫だろうと心配より呆れが先に立った。くすくすと笑いながら、アスタロトは他の大公と獲物を分割する方法を考える。


 それから数時間後、ガブリエラ国があった王都跡は――更地となった。

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