魔王様、溺愛しすぎです!
464. お風邪を召されたようで
どこで魔獣や魔物と遭遇するか、取り残された人々は怯えながら隠れていた。何人か腕に覚えのある冒険者が結界に魔法や剣を叩きつけ、矢を射かけたが効果はなかった。
「王様や貴族はどうしたんだ」
「勇者はどこだ?!」
叫んだ連中の声は反響して戻ってくる。出口のない王都内部は、火のついた火薬状態だった。いつ暴走して爆発してもおかしくない。不満が募る彼らの前に、数匹のコウモリが舞い降りた。
「これは美味しそう」
「こっちをもらうわ」
一族の長であるアスタロトの許可が出ているため、獲物を物色しながら吸血鬼達が血の晩餐にありつく。選んだ獲物を地下牢に転送しながら、襲い来る人族を嘲笑して返り討ちにしていった。両手を返り血で赤く染めた彼らの耳が、遠く結界の外の音を拾う。
コウモリに擬態する吸血種族特有の能力で、魔獣と同じように遠方の音を聞き、魔獣より広い周波数の音を拾えた。転移魔法陣から漂う慣れた魔力に、結界上部へ羽ばたいた。
頂点の赤い魔法陣に触れると、結界をすり抜けて外へ身体が投げ出される。クリアになった視界に見えた魔王と側近の姿に、彼らは空中で器用に礼をとった。
「先発を放ったのか?」
ルシファーの問いかけに、アスタロトが「余興は必要ですから」と答える。珍しく白い衣を纏った魔王は、腕の中の黒い幼女を心配そうに撫でた。黒にピンクの刺繍が美しいワンピース姿の幼女は人形のような愛らしさで、手を口元に運ぶ。
「あふぅ……」
先ほどの雷による魔力の発散で、リリスは欠伸が止まらなかった。眠いと思わないのに、身体は疲れを訴えている。幼くなった分だけ、身体に引きずられて魔力の放出が不安定なのだろう。大きな赤い瞳はすこし潤んで、鼻を啜る仕草も見られた。
上空の寒さゆえか。そう考えたのは魔王も同様だった。自分は外的な要素に左右されないため気づくのが遅れた。急いでピンク色の兎耳フード付きケープを羽織らせる。
ワンピースと同じデザイナーの作品らしく、ケープの裾からワンピースの柄が見えて美しい。半円の波模様になった裾から黒いスカートが覗いた。フードをしっかり被らせるとピンク色の兎耳が彼女の頭上で揺れる。よく見るとケープの下、お尻部分に小さく丸い尻尾代わりのボンボンがついていた。
「あったかい」
「良かった。リリス、寒かったらもっと早く言わないとダメだぞ」
「うん。気づかなかったんだも……くちっ」
途中でくしゃみをして、慌てている。どうやら鼻水が出てしまったようで、ルシファーが丁寧に拭いて背中を撫でた。首筋に抱き着いた幼女が、ずずっと鼻を啜る。
「おやおや、リリス姫はお風邪を召されたのでしょうか」
アスタロトの苦笑いに、慌てたのはルシファーだった。
「さっさとここを壊して帰るぞ!」
「陛下……?」
「リリス、ひとまず温かくするから……これも使え」
リリスに清潔なハンカチを数枚渡すと、彼女をくるんと結界で包んだ。中の温度を上げたらしい。鼻を啜る仕草が落ち着いてきた。今度はうとうとしているが、大切そうに抱え込んだ主の姿にアスタロトが呆れ交じりの溜め息を吐いた。
過保護な魔王の姿に、集まった吸血種達は毒気が抜かれてしまう。恐ろしい吸血鬼王が膝を折った、最強を示す純白の魔王――まさかの子煩悩ぶりに、正直ほっとしていた。
今までの治世をみるに冷血非道だと思わないが、近寄りがたく感じる存在だ。そんな魔王が、魔王妃となる幼女を大切に保護する姿は、安心できる。この主君に仕えていたら間違いはないと感じていた。
「ルシファー様。お風邪なら、治癒魔法陣を使った方が早いのではありませんか」
疑問ですらない呆れ交じりの指摘に、ルシファーは「そうだった」と結界内の幼女に治癒魔法陣を展開する。怠さがとれたリリスは赤い目を瞬きして、足元の黒い結界を指さした。
「あそこの赤いの、アシュタの色」
「よく見つけた。お嫁さんは賢いな」
結界を維持する魔法陣の存在を見抜いたリリスは褒められると、機嫌よく腕を振り回した。嫌な予感がする。アスタロトが忠告するより早く、結界は大爆発した。
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