魔王様、溺愛しすぎです!
449. 名乗るより先にお礼から
「頼むぞ」
声に出して労ったルシファーの腕から、リリスが「えいっ!」と掛け声勇ましく飛び込んだ。柔らかな毛皮に沈んだ幼女は、溺れた長い毛の間から顔を覗かせる。
「パパ、すごい! ヤンの毛がふかふか!!」
冬毛のシーズンなので、柔らかく短い毛がたくさん生えているらしい。黒髪を乱したリリスを撫でながら、ルシファーが当然のごとくヤンの上に座った。魔王直属ソファの肩書がすっかり気に入ったフェンリルは、森の王者だった風格そっちのけで寛ぐ。前足をクロスさせた上に顎を乗せ、満足そうに息を吐いた。
「ヤンは冬になると毛が柔らかくなるからな」
夏毛は涼しさを保つために、硬い毛が多くなる。犬と同じと指摘したら怒られるので、曖昧な言い方で誤魔化した。彼らにとって犬と狼の間には深くて暗い溝があるらしい。飛び越えられないというから、話題にしない方が賢いだろう。
「えっと、話するなら近い方がいいですか?」
勇者アベルが首をかしげる。以前はアスタロト達側近が周囲を固め、少し離れた位置に座った。今回はどうすればいいのか。円卓というのは上座や下座が分かりづらい。勝手に座って叱られるのも怖いと、アベルは答えを待った。
「陛下のおそばには我々がおりますので、向かい側へどうぞ」
ふわりと舞い降りたシトリーが翼を畳んで会釈した。腰まで届く長い銀髪をポニーテールに結った少女は、ルシファーに近い両側の席を確保して微笑む。ワンピースやドレスだと飛んだ際に見えてしまうため、乗馬ズボンのような軽装だった。
「お待たせいたしました、リリス様」
「ご機嫌よう、リリス様」
ルーサルカとルーシアが並んで椅子に座る。城にいる大公がルキフェル1人なので、アデーレが気を利かせたらしい。狐尻尾をスカートから見せるルーサルカが座ると、リリスが嬉しそうに手を伸ばした。手を握り返してから、ふさふさの尻尾に触らせている。
ルーシアは保育園当時から一緒だったため、手を振って挨拶を交わした。リリスが「ライは?」と呟く。珍しくドラゴンの尻尾や羽を出しっぱなしのレライエが駆け付け、大急ぎで乱れた髪を手櫛で直し始めた。なにやら理由があって遅刻したらしい。
「レライエったら、落ち着いて」
一番年長のルーサルカが笑いながら椅子をすすめる。全員が着座した先で、残された椅子に3人の召喚者が腰掛けた。ルシファーからみて右にアベル、中央が聖女アンナ、左側は新たに発見された青年だ。アベルに「キヨノセンパイ」と呼ばれていた。
「アベル。その男はキヨノ、というのか?」
「阿部はなんて説明した?」
アベルと呼ばれている状況に、青年が首をかしげた。フルネームなら「アベルカイ」となるが、奇妙な位置で名を分断されている。妙に魔王城に馴染んでいるのも気になった。
運んできたサンドウィッチを並べるアデーレに、「ありがとうございます!!」と礼を言って皿を引き寄せるアベルが、隣を振り返って動きを止めた。先輩という単語がこの世界になさそうだし、説明が難しい。
「俺に任せてもらっていいっすか?」
頷く兄妹に全権委任されたアベルが、ルシファーと向き合った。男女問わず魅せられる美しい顔の青年は、膝の上によじ登る幼女を撫でながら待っている。真っ白な髪だが年寄りには見えず、逆にきらきら輝いている。銀の瞳や真っ白な肌は、人形かと思うほど人離れした外見だった。
事実、魔王であり人ではないのだから当然なのだが。
「聖女救出、ありがとうございました」
最初に礼から始めたのは、アベルの祖母の教えだった。相手にしてもらったら、謝罪よりなによりお礼から言え。礼を言われて気分を害する者はいない。そう言い聞かされて育ったので、無意識の行動だ。
頷いたルシファーの膝に落ち着くリリスは、ルーサルカが差し出すお菓子をもらい、逆の手にシトリーから貰った飴を握ってご満悦だった。
「お姉ちゃん、せーじょっていうの?」
「リリス、話の途中で口を挟んではいけないよ。最後まで聞こうね」
「わかった」
素直に頷いたリリスの黒髪に、上から葉が落ちた。黄色く色づいた葉を乗せたリリスが、なんとか頭の上の葉を取ろうと手を伸ばす。しかしうまくいかず、左右に動いたため膝の上に落ちてきた。その葉を拾い上げ、なぜか満足そうにお菓子の隣に並べる。
すべて手描きの高価な皿の端に、黄色い葉が得意げに揺れた。
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