魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

448. 世間は狭く、みな知り合い

 城門前に青年を放り出すと、走ってきた門番に彼を引き渡した。すぐに縄で縛られるが、魔法を使って逃げようとする様子はない。肌の色からすると、魔法が使えないほど魔力が低いわけはないが。青年を縛り終えたところで、城門の内側から声がかかった。


「え! お兄ちゃん!?」


 怪訝そうな顔で振り返るルキフェルの方へ、1人の少女が走ってくる。レースがひらひらするドレス姿の少女は、黒髪を結っている途中だった。結びかけのリボンがひらりと後ろに舞う。


「なんで……杏奈アンナがここに」


 縛られた兄の姿に、聖女アンナは目を見開いた。肌の色こそ多少の差はあるが、同じ黒髪黒瞳の兄に妹は抱きつく。身動きできない兄の膝の上に身を投げ出し、大泣きし始めた。


「パパ、お姉ちゃんのお兄ちゃんなの?」


「……忙しすぎて状況が理解できん」


 苦笑いしてぼやくルシファーが近づき、珍しく手を握ってよちよち歩くリリスが続いた。身長差で歩きにくいのかと思ったが、どうやら靴と違い踵の支えがないサンダルを履いているらしい。慣れないサンダルが歩きにくいのだろう。赤子のように不安定に歩くリリスの手をしっかり繋ぎ、ルシファーが歩調を合わせた。


「あれ? もしかして清野キヨノ先輩?」


 今度はアベルが首をかしげる。呼ばれた名に反応した青年が顔を上げると、勇者アベルがルシファーの隣を駆け抜けた。そのまま縛られた青年と聖女を交互に眺める。


「えっと、なんで先輩が異世界に??」


「それは俺のセリフだろ」


「おにいちゃぁ……っ、なに、やらかした、の……っ、ひっく……悪いこと、しちゃ、らめって……おか、さんに……ぃわれた、でしょおぉ!!」


 大泣きする聖女アンナが、しゃくりあげながら兄の胸を叩く。抗議している様子だが、子供が駄々を捏ねているようで可愛らしい。手前で膝をついたアベルがくすくす笑い出した。


「先輩に妹がいるなんて知らなかった」


「教えるわけない。可愛い妹に悪い虫がついたら困る」


「シスコンっすか、先輩」


 互いに顔見知りだったと気づいたルキフェルが、ちらりと判断を請う。頷くルシファーに従い、衛兵に紐をほどくよう命じた。城門番の衛兵が持つ拘束具は、魔法を弾く素材で作られている。そのため風の魔法で切ってやることが出来なかった。


 後ろ手に縛った紐がほどけると、痺れた手で妹を抱き寄せるあたり仲のいい兄妹らしい。とてとて歩いたリリスは、「えいっ」と彼らの間に飛び込む。咄嗟に支えたのはアベルだった。


「びっくりした。お姫様、気を付けないと」


「うん、ありがと。お姉ちゃんのお兄ちゃんと、お姉ちゃんのお兄ちゃんの……お友達?」


 なんとか関係を理解しようと指さし確認で尋ねるリリスだが、なぜか聖女を頂点に話をするので混乱に拍車がかかる。同じ単語が行きかう状況に、ルシファーが「ん?」と首をかしげて考え込んだ。


「ふむ。お茶の用意をさせよう」


 説明の場を設けると言われ、アベルが代表して「お願いします」と頭を下げる。その直後、思い出したように続けた。


「僕はこないだのサンドウィッチが食べたいです」


「アデーレに伝えてくる」


 呆れ顔のルキフェルは中庭へ向かって歩き出し、城門を潜ってすぐの場所で出迎えの支度をしているだ侍女に話を伝える。転移のため小型化したヤンが、大きな元の姿に戻った。ぶるぶると首を横に振って身体を解すと、駆け足で近づく。


 元から城門のゲートいっぱいの巨躯が近づけば、小山サイズの狼に聖女と青年が腰を抜かした。すでに何度か見ているアベルが笑い出す。


「おいで、リリス」


 両手を差し出して抱っこを強請る幼女を拾い上げ、ルシファーは立てない彼らを運ぶ方法を思案し始めた。中庭でお茶を飲むなら転移魔法陣が使えるが、腰が抜けた状態は治癒魔法で治るかも知れない。試したことがないので迷った。


「大丈夫ですよ。話が出来る狼なので、襲われたりしません」


 げらげらと腹を抱えて笑う勇者に、魔王は口を噤んだ。世の中には知らない方がいい話もある。そう――魔獣である灰色魔狼フェンリルは人族も食べる、という事実を。

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