魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

444. 喰らい合う蛇は何を思うか

「我が君、我も見たことがありますぞ」


「私もですね」


 金属片を避けたヤンと、アスタロトも続いた。アベルは聖女をそっと寝かせて立ち上がる。落ちていた金属片を拾い、石畳にがりがり音を立てて記号を描いた。


「僕の世界では無限や永遠を意味する記号です」


 数字の8を横に倒した形は、どこにでもありそうな記号だ。しかしルシファーに見覚えはなかった。首をかしげる魔王の横で、ヤンが爪で石畳の記号を叩く。


「これとよく似た物が、魔の森と緩衝地帯の境目にある石に刻まれておりました」


 なるほどと頷きながら地図を取り出す。ヤンの領地は緩衝地帯に沿って横に広かった。どのあたりかと尋ねると、風の妖精族シルフの森に近い場所だという。地図に印をつけていると、横からアスタロトが尖った爪で別の場所を示した。


「このあたりにもありますよ。あとは我が居城の地下ですね」


 アスタロトの城は、通称『コウモリ城』と呼ばれる黒を多用した城だ。築年数は魔王城より少し上で、かなり古い建物だった。その地下は深い眠りに入る吸血族が眠るため、広い地下室がいくつも並んでいる。


「地下室?」


「ええ。いつからあるのか覚えておりませんが、天井です」


 城の主が知らぬ間に刻まれたのか。持ち込んだ石材に元から記されていたのか。どちらにしろ、魔族の領地にたくさんありそうだ。天井にある記号を知っているのは、彼らが眠りから目覚めた時に発見したという意味だろう。


「リリスもみた!」


「魔王城にもあるのですか?」


 爆発を示す記号ではないが、思ったよりあちこちに散りばめられているらしい。その割にルシファーが見た記憶がないのも奇妙だ。はしゃぐリリスが両手の親指と人差し指で丸を作って眼鏡のように合わせた。


「こーんなの」


「どこで見たの?」


 尋ねるルシファーに、得意げなリリスが説明を始めた。


「お庭の、薔薇のお部屋を通った先の」


 薔薇を育てるガラスの温室を通り過ぎて……


「壁の穴を潜ったとこ」


 壁の穴を……あな?


 大公4人が首を傾げ、ルシファーも怪訝そうな顔をする。それもそのはず、ここ十年ほどで直された魔王城に穴が開いているのはおかしい。ドワーフがそんな穴を見落とすわけがなかった。彼らは建築に命を懸けているのだ。


「どんな穴だった?」


「リリスくらい。小人さんと行ったの」


 どうやら頭がぎりぎり通る程度の穴がどこかにあり、好奇心から首を突っ込んだのだろう。小人というのはホムンクルスのことか。そういえばルキフェルの研究室に小さな部屋を作って暮らしていた。一緒に遊んだとしたら、ルシファーが執務をしていた時間か。


 城に戻ったら真っ先に穴の確認と、内部のチェックが必要だ。唸りながらベールが「見落としたのでしょうか」とぼやいた。城の警護担当を兼ねた魔犬族が見落としたとしたら、後で叱られる彼らが気の毒だ。


「あの……僕が知る範囲ですけど、無限大って永遠に繰り返す記号であると同時に、お互いを食い荒らす絵なんです」


 アベルは覚えている曖昧な知識を必死にかき集めた。役に立てるチャンスがあるなら、知識を惜しむべきではない。彼らは惜しまず与えてくれたのだから。恩返しのチャンスとばかり、知りうる話を吐き出した。


「食い荒らす絵、ですか?」


 アスタロトが問い返す。赤い瞳を見つめながら頷いたアベルが「双頭の蛇って知ってますか?」と前提条件を確認した。その表現に魔族の脳裏に浮かんだのは、ヒュドラだった。


 複数の頭を持つ蛇だが、魔物として討伐対象である。大して害がある生き物ではないと認識されていた。毒があるので噛まれると厄介だが、胴体が一つなので背後から突いたり、矢や魔法で遠くから攻撃すれば簡単に退治できた。そんな魔物と記号の関連がわからない。


 怪訝そうな彼らの様子に、どうやら認識が食い違っていると石畳に再び絵を描いた。ポップなイラストで蛇を2匹描いて、互いの尻尾を食べ合う形にする。


「これが双頭の蛇で、互いに喰らい合う関係なんです。それがウロボロスと呼ばれて、無限のマークと同一視して考えられてました」


「よくわからないが、異世界には奇妙な生き物がいるのだな」


 感心したようなルシファーの腕の中で、リリスが絵をじっと見つめて手を叩いた。


「蛇さん、最後はどうなるの?」


「互いに滅びるのでしょうが……不思議な図ですね」


 絵というより、図式に見える。なんらかの意味が含まれるとしても、魔族の長い歴史の中に残されてこなかったのは奇妙だった。

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