魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

437. 幼女は聖女を慰める

 一息に叫んで落ち着いたのか。アベルは大きく深呼吸した。低い声で怒りを噛みしめながら続ける。


「一緒に行った奴は勝手に勇者を名乗って殺された。でも投降したオレは、魔族の城で初めて人間扱いされたんだ。温かくてまともな飯が食えたし、まともな服も与えられた。広くて清潔な部屋で、柔らかいベッドで寝た。そんな当たり前のことすら、お前らはしなかったじゃないか! たとえ魔王と戦う能力があったって、お前らのために戦うなんて絶対にない」


 そこまで叫んで、喉の痛みに咳き込んだ。黙って聞いていたルシファーがコップを取り出すと、リリスが「えいっ」と水を満たす。多少溢れて手を濡らしたのは愛嬌だ。


「よくできたな」


 褒められたリリスが照れる。可愛いと声に出さず呟いたルシファーが黒髪を撫でた。


「あげていい?」


「もちろんだ」


 リリスは嬉しそうに笑い、腕の中の兎を隣のフェンリルの上に置いた。突然兎を乗せられたヤンは、落とさないようバランスを取る。震える兎を下ろすために、伏せて出来るだけ地面へ伏せた。兎が飛び降りた勢いで、ヤンの眉間を蹴飛ばす。そのまま兎は近くにいた仲間の元へ飛び跳ねていった。


「ひどい目に遭いましたぞ」


 ぼやくヤンが座り直す。今回は息子の戦に付き合う程度のつもりだったが、これならば城門でピヨの相手をしていた方がよかった。そこで気づく。上空で炎を撒き散らす鳳凰アラエルの背に、ピヨが乗っているはずだ。彼女は大人しくしているだろうか。


 見上げた空に鳳凰は3羽いた。下から見てもどれがアラエルか、区別がつかない。首が疲れるので諦めたヤンだが、上から「ママ!!」と叫ばれてもう一度見上げた。


「ママだ」


 再び聞こえた途端、1羽の鳳凰が高度を下げた。アラエルで間違いないだろう。背中でピヨが騒いでいた。ある程度高度が下がったところで、ピヨは背中から飛び降りる。咄嗟に真下に駆け込んだヤンが巨大化すると、小山サイズのフェンリルをクッションにして鸞が跳ねた。


「ママ、ピヨも戦う」


「……戦わなくてよい」


 精神的に疲れたヤンの否定に、天真爛漫なピヨは小首を傾げる。不思議そうにするピヨを、舞い降りたアラエルがひょいっとつまんで回収した。


「母上殿、申し訳ない」


「母上じゃない」


 漫才のようなやり取りを始める鳳凰とフェンリルをよそに、リリスは無事アベルに水を渡した。礼を言って水を疑いもせずに飲み干したアベルの姿に、聖女はおずおずと話しかける。


「あの、さっきは……ごめんなさい。逃げたりして」


「いいよ」


 にっこり笑う幼女はただ可愛かった。聖女は元の世界にいる妹を思い出す。これほど整った顔の子じゃないが、黒髪で少し明るい茶色の瞳をした子だった。年齢はもう少し上だったけど。


 思い出したら、悔しくなってきた。何もわからぬ世界に連れてこられて虐待され、唯一心を許せそうな勇者が死んだと聞かされた。もう死んでしまうと絶望にひび割れていた心が、涙で潤っていく。


 近づいたリリスが「触るね」と声をかけてから、小さな手を伸ばした。自分と同じ黒髪に触れた幼女は、にこにこと手を左右に動かして撫で始める。泣き崩れた聖女が、優しくて温かい手を振り払うことはなかった。


「アベル、彼女も保護する必要がありそうだな」


 気づくとルシファーを中心とした魔法陣が、聖女と勇者を包んでいた。銀色の光が満ちる魔法陣は優しくて、とても温かい。だから気づくのが遅れた。


 どこからか魔法で攻撃されている。結界に当たる火や氷を無視するルシファーの少し先で、水色の髪をぶわりと逆立てたルキフェルが翼を広げた。コウモリに似た翼の上部は爪が生えている。威嚇するように広げた翼に火があたり、一瞬でかき消された。


「そこと、そこだね」


 ルキフェルが指さした先に、別のドラゴン達が舞い降りる。悲鳴を上げて逃げる魔術師が、様子を見ていた人々の中に紛れ込もうとした。爪の先で押さえて捕獲したドラゴンが、脅すように口から火を吐いてみせる。


 ちらちらと口から踊る炎は、ドラゴンにとって吐息レベルだった。しかし人族の魔術師には全力で放つ火球と同等だ。恐怖に身を竦ませて「ごめんなさい」を繰り返す姿に、ルキフェルは眉をひそめた。泣いて詫びるくらいなら、攻撃しなければいいのに。

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