魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

435. 悪意のない連鎖

 震える聖女が受け取らないので、リリスはぺちぺちとルシファーの腕を叩いた。下ろしてくれと強請る幼女に、屈んで地面を踏ませる。赤い靴で駆け出したリリスは、聖女の前で兎を差し出した。


「あげる!」


 得意げに胸を張る幼女だが、怯えた聖女は「ひっ」と息を飲んで逃げる。黒い翼をもつ威圧感たっぷりの美形が抱いていた子供だ。見た目が可愛くても、実際は恐ろしい魔物かもしれない。そう考えた聖女が逃げるのも無理はなかった。


 不思議そうな顔をしたリリスだが、そのまま兎を抱っこして追いかけ始めた。


「こら、リリス。追いかけちゃダメだ」


「やだぁ! うさちゃん、あげるんだもん!」


 ルシファーの忠告を無視して追いかける。貴族が逃げ込んだ商家の前は、ちょっとした広場になっていた。広場の中央はカラフルな花が咲いた円形花壇が作られ、道に囲まれている。その花壇を聖女が左から右へ必死で逃げ、後ろから足の遅い幼女が兎を抱いて追いかける。


 当事者以外からすると、ほのぼの映像だった。レースを揺らしてワンピースで走る聖女を、可愛い幼女が兎とセットで追う。2人とも黒髪なのもあり、遅れて到着したベルゼビュートには『じゃれあう姉妹』に見えた。


「リリス、こら、やめなさい」


 威厳をかなぐり捨てて、ルシファーが参戦する。あっという間にリリスに追いついた。兎ごと抱っこして、追いかけるのをやめさせる。


「リリス、あの子は怯えてるんだよ? だから追いかけたら逆効果だ」


「なんで? 兎嫌いなの?」


 リリスに悪気はなかった。それがわかっているので、魔族は気の毒そうに両方を交互に見つめる。叱られるリリスは、温かくて可愛い兎を渡したかっただけ。突然近づいてきた幼女も魔族なので、聖女は怖かったのだろう。


 状況が掴めたベルゼビュートが苦笑いした。商家の玄関で、兎召喚用の魔法陣を回収するルキフェルが顔をあげる。


「ベルゼビュート、遅かった。何してたの」


 疑問ですらなく文句をつける同僚に、精霊女王は目を逸らした。


「ちょっと……用事があったの」


「道に迷ったくせに」


「知ってたなら言わせないでよ!!」


 ルキフェルの指摘に、ベルゼビュートがキレる。間違えてよその都を攻撃したのは、ドラゴンが悪いと思っているので、同種族のルキフェルに指摘されるとカチンときた。


 刺々しい空気が広がる。


「魔王様、もっと早く止めてください」


 思わず愚痴が漏れた勇者に、暴れるリリスを抱っこしたルシファーが「すまない」と謝った。衰弱した身体でいきなり運動したため、聖女は床に手をついてぐったりしている。


 魔王の治癒魔法で傷は治るが、体力を回復させるわけじゃない。回復には別の魔法陣が必要だった。牢の中で使ったのは傷を治す魔法のみだ。


 ここ数日まともな食事をもらえなかった上、狭い部屋に閉じ込められていた。体力はほとんど残っていなかったのに、幼女と全力の追いかけっこに突入したツケは大きかった。肩で息をしている聖女を見せて、リリスに言い聞かせる。


「リリスが兎をあげるのは、とても優しい行為だと思う。だが聖女は怯えていた。前にも教えたが、怯えている生き物に突然近づくとびっくりさせるだろう? リリスだって隠れてる時に追いかけ回されたら逃げるはずだ」


「……うん」


 しょんぼりした幼女の黒髪を撫でて、額にキスをした。腕の中の兎は大人しく、鼻をひくつかせては耳を揺らす。茶色い毛玉のような兎を撫でたリリスへ、もう一度声をかけた。


「相手が怯えていなければ、リリスの優しさも伝わったと思うぞ。悪いことをしたわけじゃない。だけど、止められた時は一度考えてから動いた方がいいな」


「陛下、ご自分でも出来ていないことをリリス様にいるのは間違ってますわよ」


 止められても無視して暴走するのは陛下も同じ。他人にそんなこと言える立場ではありません。


 ベルゼビュートが容赦ない指摘をすると、ルシファーがぴしゃんと言い返した。


「確認を怠って隣国に攻め込んだ奴のセリフじゃないぞ。アスタロトに報告するからな」


 ルキフェルが頭を抱えた。この場で最高権力者とその側近が子供のケンカ紛いの口論を始めるなんて。それも「お母さんに言いつけてやる」みたいな低レベルだ。他の魔族に示しがつかない。


 負の連鎖が止まらない。困惑した魔族が顔を見合わせた。

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