魔王様、溺愛しすぎです!
396. 取り扱い注意
子供みたいな我が侭を口にした主君と、その左腕に腰掛ける人形のような幼女。数枚の申請書にサインをお願いしに来たアスタロトの耳に届いたのは、数ヶ月前までは当たり前の日常会話だった。
リリスを拾ってからずっと手元で育て上げた魔王の愛し子は、大きな赤い瞳で見上げた後こくんと頷いた。そこに躊躇いや恥じらいがないのは普段通りである。
「本当か? やった! 何色の薔薇がいい?」
「うんとね、黄色いの」
「黄色だな、すぐに用意するから」
赤子に戻った期間も風呂に入れていたルシファーは、会話が出来るようになったのが嬉しくて溜まらない様子だ。にこにこと話しかける。その幼い言動に呆れる部分が半分、残りは安堵だった。アスタロトにしてみたら、あのままリリスが喪われていたら魔王も同時に失っていたのだ。
平和な光景を微笑ましく思いながら、最低限のお願いを口にした。
「陛下、先にこの書類をお願いします」
「申請書? わかった」
機嫌がよいルシファーはさらりと上から下まで目を通すと、渡したペンでサインを施した。食事が終わったばかりの机をアデーレが片付けている。すぐに風呂の用意も出来るだろう。
「ところでリリス予算は凍結解除したのか?」
「まだですよ」
受け取った書類の枚数を確認するアスタロトは、首を横に振った。そもそも名称が違うのだが、指摘してもルシファーは気にしない。きょとんとした顔で「なぜだ?」と尋ねる。
「以前も申し上げましたが、申請書を作ってください。きちんと書類を作れば明日にでも解除できます」
「なら今から作る!」
きりっとした表情を作って紙を用意したルシファーの手元を見て、リリスは無邪気にルシファーに頬ずりしながら声をあげた。
「パパぁ。お風呂!」
「あ、ああ……でも書類。えっと……いや、お風呂に先に入ろうか」
結論が出たようなので、ルシファーを置いて部屋を出た。後ろの扉を振り返り、アスタロトはルキフェルがいる部屋に向かう。
リリスについての情報交換をする予定だ。外見年齢通りの幼い言動をするリリスだが、記憶は残っているという。12歳まで成長した記憶があっても、3歳の振る舞いが出来るのか。そこは成長を抑えて知識を蓄えたルキフェルがよく知る分野だと、アスタロトは考えた。
「ルキフェルはいますか」
ベールの執務室の扉を開けると、べったり膝の上で甘えるルキフェルがいた。ベールは慌てて姿勢を正すが、背中でベールに寄りかかって資料を読むルキフェルは気にしていない。
「どうしたの?」
資料から目をあげることなく、次のページをめくる。本を読み始めると夢中になる彼らしい行動に、腹を立てることはない。いつものことだった。
「リリス嬢について、ですが」
「なに? また大きくなったとか? それとも元の赤子に……あれ、元は12歳だっけ」
慌て過ぎて混乱したルキフェルが考えをまとめるのを待って、アスタロトは切り出した。
「あなたの実体験でかまいません。彼女に12歳までの記憶や知識があるとして、3歳児の行動や言動を行うものでしょうか」
「うん、そうだね。外見年齢に釣られる状況は揃ってるんだ。だってルシファーが甘やかすから。よく聞く『外見に釣られる』は、外見年齢相応に扱う周囲の対応に引っ張られるんだよ。本人は周りの望む通りに振る舞ってるだけ」
「……そういうものですか」
いまいち実感がないアスタロトの曖昧な受け答えに、ルキフェルはけろりと答えた。
「だって、自分で自分の外見って見えないじゃない。鏡で見ても短い時間でしょ? その短時間で影響される範囲なんて、たかが知れてる」
アスタロトにしてみたら、目から鱗だった。確かにルキフェルの言う通りだ。周りが外見相応に扱うことで、人は言動が左右される。ルシファーだってそうだ。最初の頃は生意気な子供だったが、魔王位に就いた途端、それらしい振る舞いを始めた。
同じ現象がリリスにも起きているとしたら。
「困りましたね。12歳の淑女として扱ったらいいのか、3歳の幼女として接すればいいか」
迷うアスタロトと対照的に、ルキフェルはすでに結論を出していた。
「簡単だよ。一番近くにいるルシファーと同じように、幼女として扱えばいい。だって扱いをみんなが分けたら、リリスが混乱するもん」
当然と言わんばかりの一言に、口を噤んでいたベールも「そうしましょう」と同意した。
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