魔王様、溺愛しすぎです!
384. くすぶる不満の出口は
他種族からの疑いが向けられるのは当然だ。ましてやドラゴニア家の跡取りは、魔王や魔王妃リリス姫に攻撃を仕掛けて返り討ちにあった。その話は口留めする間もなく、混乱のさなかに噂話となって魔族の口から口へと伝えられていく。
力がすべての魔族において、魔王への挑戦権はどの種族にも認められた不変の権利だ。だからこそ人族が何度も攻撃を仕掛けることが見逃されてきた。圧倒的な力で他者を従える王だからこそ、極端な個性をもつ魔族がまとまるのだ。
その魔王に戦いを挑んだライン少年の攻撃は、通常なら称えられる行為だった。しかし正々堂々と名乗りを上げて戦う竜族や竜人族にとって、背後から矢を射る行為は蛮行とされる。
ましてや矢は魔王妃候補であるリリス姫を貫いた。魔王を倒すために魔王妃を傷つけたと考える魔族の中には、激しい拒絶を示した者も少なくない。さらにライン少年が魔王妃となるリリス姫に横恋慕し、手に入らない彼女を殺そうと企んだという憶測まで広まった。
城下町ダークプレイスの住人は、側近少女達と遊びに来た姫の無邪気な姿を記憶している者も多く、余計に嫌悪感を募らせた。彼らの不満は残されたドラゴニア家に向けられる。
「何らかの形で暴走する者が現れるのは、時間の問題でしょう」
他人事の口ぶりで報告するアスタロトは、赤子に食事を摂らせる魔王に溜め息をついた。最近擦り下ろしから刻んだ固形になった林檎を、少しずつ口元に運ぶ姿は魔族の王というよりお母さんだ。餌付けするように一口ずつ食べさせ、口の端に零れた汁を指先で拭った。
「陛下、聞いておられますか?」
「ああ。ドラゴニア家が疑われてるんだろう? だが主犯のベレトが捕縛された情報も流したよな」
子供に微笑みかける時間が長いと、優しい子に育つ。迷信に近い育児理論を振りかざして、絶世の美貌に満面の笑みを浮かべ、リリスの口に「あーん」と林檎を運ぶ。その手は止まることがなかった。
一応話は聞いているのだからと心を冷静に保ちながら、アスタロトは報告をさらに読み上げた。
「神龍族と竜族が結託したという形に、情報が歪んでいますね。対処をされますか?」
たまたま歪んだのか、故意に歪められたのかで対応は変わる。しかしアスタロトは見捨てても構わないと考えるため、冷めた口調で確認作業を進めた。
「そうだなぁ。リリスもそろそろお散歩してもいいと思うんだ。ちょっとオレが出かけて……」
「陛下は仕事が足りないようですね」
動けなくなるほど書類を目の前に積んでやろうか。部下の脅しに溜め息を吐いて、今回は説得を試みる。
「リリスを連れて行くのは、オレが油断していると思わせるためだ。心配なら隠れてついてこい」
要点を省いて結果だけを突きつけるのは、ルシファーを育てた側近達の影響だろう。互いに似た思考を持つため、途中経過を省いてしまう。じっと見つめ返したアスタロトが諦めの表情を浮かべた。
「命じればいいでしょう。あなたが出向く必要はありません」
ドラゴニア公爵家を残す決断をしたのだ。今さら覆すことはない。ならば本当の話を自らの口から喧伝すればよかった。魔王本人が噂を否定すれば、民も素直に聞きいれる。
故意に嘘を噂として流した連中を誘い出す餌として、油断した赤子連れの魔王は最適だろう。そう笑うルシファーへ、アスタロトは首を横に振った。
「お前らは翼が減ったことを重要視するが……今もオレは純白の魔王だぞ」
力をもつ者ほど白い世界の理は変わらず、誰より白い姿を持つ魔王として君臨するルシファーの力は健在だ。ただ引き出せる力がセーブされただけ。無理やり引き出そうと思えば、周囲から強制的に集めて揮う器は持ち合わせていた。
危険な状況になれば、リリスを守るために何でもする。そう示したルシファーへ、存外甘いアスタロトが折れた。
「わかりました。ですが、影に潜んで私が同行します」
「任せるよ」
リリスがぱくっと開けた口に、林檎を入れる。秋の味覚である林檎がいたくお気に召したらしく、ここ数日は林檎ばかり強請るリリスの頬にキスをした。
「魔王様、溺愛しすぎです!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
-
6
-
-
全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ
-
14
-
-
S級魔法士は学院に入学する〜平穏な学院生活は諦めてます〜(仮)
-
3
-
-
ある化学者(ケミスト)転生〜無能錬金術師と罵られ、辞めろと言うから辞めたのに、今更戻れはもう遅い。記憶を駆使した錬成品は、規格外の良品です〜
-
4
-
-
最強聖女は追放されたので冒険者になります。なおパーティーメンバーは全員同じような境遇の各国の元最強聖女となった模様。
-
5
-
-
【旧版】自分の娘に生まれ変わった俺は、英雄から神へ成り上がる
-
32
-
-
ハズレ勇者の鬼畜スキル 〜ハズレだからと問答無用で追い出されたが、実は規格外の歴代最強勇者だった?〜
-
5
-
-
水魔法しか使えませんっ!〜自称ポンコツ魔法使いの、絶対に注目されない生活〜
-
20
-
-
乗用車に轢かれて幽霊になったけど、一年後に異世界転移して「実体化」スキルを覚えたので第二の人生を歩みます
-
15
-
-
《完結》解任された帝国最強の魔術師。奴隷エルフちゃんを救ってスローライフを送ってます。え? 帝国が滅びかけているから戻ってきてくれ? 条件次第では考えてやらんこともない。
-
2
-
-
パーティに見捨てられた罠師、地龍の少女を保護して小迷宮の守護者となる~ゼロから始める迷宮運営、迷宮核争奪戦~
-
5
-
-
夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する
-
25
-
-
魔王なのに、勇者と間違えて召喚されたんだが?
-
13
-
-
聖女と最強の護衛、勇者に誘われて魔王討伐へ〜え?魔王もう倒したけど?〜
-
6
-
-
冒険者パーティー【黒猫】の気まぐれ
-
57
-
-
悪役令嬢、職務放棄
-
10
-
-
ガチ百合ハーレム戦記
-
15
-
-
婚約破棄されたので帰国して遊びますね
-
10
-
-
婚約者が浮気したので、私も浮気しますね♪
-
9
-
-
世界を渡る少年
-
32
-
コメント