魔王様、溺愛しすぎです!
369. 羨望から生まれた闇
純白の魔王に対し、モレク自身は尊敬や憧れを抱いてきた。生れ落ちる前から魔族を統合し続ける、圧倒的な力の象徴――公明正大で偏見のない執政者としての振る舞いや在り様は、素晴らしいものだった。
切っ掛けはもう覚えてない。君主として戴くに不足ない魔王へ、いつからか嫉妬じみた羨望を抱くようになった。その心の闇を埋めるように暗躍を始めた弟ベレトの非道な振る舞いを、モレクは見ぬフリをした。
ベレト率いる研究者は、人族がもつ特性に目をつけた。他の種族と容易に融合し混血する人族を使えば、混血できない複数の魔族の特徴を有する別種族を生み出すことができる。数千年単位の研究は徐々に実を結び、その間に多くの魔物と人族が犠牲となった。
純白の魔王ならばすぐに手を打つだろう。その思惑は外れ、徐々に事態は複雑化して大きく育っていく。それでも穏やかな表情で過ごす魔王は咎めようとしなかった。気づかぬわけがない。ならば、種から育った災いが巨大化したところを潰すのか。龍種の生殺与奪すら魔王の手のひら上かと恐れを抱いた。
ついに完成したキマイラが姫によって退治されたとき、これで終わると思った。追及の手が喉元に届くと覚悟したのだ。なんとか弟ベレトを自首させようと手を尽くしたが、一度暴走を許した弟の手綱はすでにモレクの腕に戻らず、一族の中からもベレトに賛同する騎士や研究者が続出する。
もっとも力強い全盛期を終えたモレクには、抑えの利かなくなった一族を戒める力はなかった。権威やタカミヤ家の名で抑えつけても、ベレトの生み出した組織を隠すことで精いっぱいなのだ。
気づけば、竜族の筆頭貴族ドラゴニア家まで巻き込んだ騒動に発展し、神龍族の知恵を与えられた人族が増長して魔王に弓引いた。もう限界だったのに、まだ足掻こうとしてしまう。
息子を失ったため、孫が成長するまで一族の頂点に立ち続けた。凡人による長い統治が膿を作り出し、神龍族の誇りまで腐らせたのだろう。
魔族を数万年単位で統治する魔王の足元にも及ばぬ、己の愚かさを悔いながら冷たい床に頭をこすりつけた。詫びなど到底及ばぬ、大失態だ。
「人造人間か……概念はあったが、実在するとは。魔族として受け入れられるか?」
ルシファーの柔らかな声が俯いたルキフェルの上に降り注ぐ。ひとつ深呼吸して気持ちを切り替えたルキフェルは考えながら言葉を探した。
「意思の疎通は出来るから魔族に括れるけど、繁殖能力は不明だ。あと……仲間の有無もわからない。証拠品として押収した中に生体が見つかってないから」
生きたホムンクルスは1人しか発見されていない。残酷な現実に、ルシファーは天を仰いだ。美しい絵画が並ぶ天井から視線を下ろせば、ルキフェルは報告書のファイルを閉じる。彼の報告はいったん終わりらしい。
ホムンクルスが魔族として認められても、一代のみになりそうだ。仲間や前例がない小人の寿命は不明だが、生きている限りは保護対象となる魔族だった。
「では、最後に私の報告を行いましょう」
アスタロトは手元に資料を持ちながらも暗記しているのか、一切目を落とさずに読み上げた。彼の赤い瞳は、段下でひれ伏すモレクの後頭部に注がれている。
「魔王城の庭先に作られた拠点を制圧に向かった陛下に矢を射かけ、リリス姫のお命を奪いかけた子供は、ドラゴニア公爵家のラインでした。現場で死体を回収しております」
「不肖の息子が申し訳ございません。どのような罰でもお受けします」
ドラゴニア公爵が謝罪して首を垂れた。その潔い態度に、アスタロトはひとつ頷く。ドラゴニア家の前当主である老公爵からも、同様の謝罪が届いていた。ルシファーにまだ知らせていないが、ラインの祖父は詫び状に血判を押し、己の命を絶つ覚悟を決めている。
父と息子を一度に失う悲しみを押し殺したエドモンドの心境を思い、魔王の側近達は無言をもって竜族への許しとドラゴニア家の存続を示した。
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