魔王様、溺愛しすぎです!
368. 残酷な現実を告げる口
「意義あり」
タカミヤ公爵の声に、アスタロトが淡い金髪を揺らして首をかしげた。不思議そうな表情を浮かべる彼をちらりと見上げ、機嫌の悪い時特有の癖を見つけ目を逸らす。指摘したら矛先がこちらに向かいそうだ。
「ベール大公閣下の軍事報告より優先すべきお話ですか? ルキフェル大公閣下によるキマイラに関する研究結果より大切で、唯一の魔王妃となられるリリス姫を害し、魔王陛下に牙を剥いた輩の処断より重要でしょうか」
頷けない要素を次々と並べて黙らせる。タカミヤ公爵モレクは老齢ながら、しゃんとした姿勢でアスタロトに向き合った。神龍族をまとめ上げる実力者の強い視線に、吸血鬼王はまっすぐに見つめ返す。作った笑みで挑発するように口角を持ち上げた。
彼らのやり取りに「大人げない」と呟いたルシファーだが、ぬいぐるみの尻尾を掴んで引っ張るリリスの頬を撫でて見守った。任せると告げたのは自分自身だ。ベール達は互いの報告内容を把握しているのか、アスタロトの攻撃的な態度を咎めようとしなかった。
彼らの態度から、モレクが異議を申し立てた理由が察せられる。己にとって都合の悪い報告が魔王の耳に入る前に、申告する形で情報と印象を上書きしたかったのだろう。
「アー!」
リリスが手にしたぬいぐるみを床に落とした。風を操って引き寄せるルシファーだが、渡す前にリリスに手を掴まれる。見る間にあぐあぐと指に噛みつかれた。まだ歯が生える前なので擽ったい。自然と表情が和らいでしまう。場の空気にそぐわないのを承知で、ルシファーは口元を緩めた。
リリスが可愛すぎて、緩んだ頬を引き締めようとしても動かない。段下のイポスも口元が緩んでいるし、ルキフェルに至っては小さく手を振っていた。そうだよな、この可愛さは全魔族共通だろう。誇らしげにルシファーがリリスを抱き寄せる。
「陛下! 直答をお許しいただきたくお願い申し上げます」
叫んだタカミヤ老公爵の声に、リリスはびくりと肩を震わせた。口の中に入れて歯茎で食んでいたルシファーの指を握ったまま、周囲を見回している。大きな声に驚いたリリスは、涎塗れの指を離した。せっかく可愛かったのに……残念に思う気持ちのまま溜め息を吐く。
リリスに意識を奪われたルシファーの一連の態度を、モレクは違う意味に受け止めた。すべてはもう魔王の耳に入っており、厳しい処罰が下されるのだと……絶望に満ちた表情でがくりと両膝をつく。
「直答を許す」
このタイミングで許可するルシファーの無情さに、モレクは「ああ……お許し、ください」と平伏した。話したいというから許可したのに崩れ落ちた神龍族の長老の姿に、ルシファーは内心で困惑する。何を許せというのか。
「魔王陛下、よろしいでしょうか」
「うむ」
アスタロトが淡々と状況を説明し始めた。
「ベール大公閣下の報告から進めさせていただきます」
タカミヤ公爵は直答の許しを得ても床に頭をこすりつけて動かないので、ルシファーは頷いた。一礼したベールが書類を広げて読み始める。
報告内容は、タカミヤ公爵の弟が今回の事件の主犯である可能性を示唆するものだった。
魔王軍が鎮圧と証拠回収に赴いた先で、捕らえた研究者のほとんどが神龍族出身者であったこと。回収された書類の大半がシェンロン文字と呼ばれる種族特有の文字で暗号化されていたこと。研究者を守ろうと攻撃してきた者が神龍族の戦士だったこと。
ほかにもいくつかの証拠を上げてベールの報告が締めくくられた。
「以上の理由により、神龍族の調査を現在も継続しております」
数千年前から人族に関与して魔王に嗾け、他の魔族の生存を脅かした黒幕として弟の名が挙がったモレクは、震えながら床に額をこすりつけた。長老として毅然とした態度を見せてきた彼の姿に、哀れを感じるが感情で政を動かすわけにいかない。
「引き続き、ルキフェル大公閣下のご報告をお願いします」
一切容赦する気のないアスタロトの冷たい声に、ルキフェルが一歩進み出た。水色の前髪をかき上げると、感情のない淡々とした話し方で報告を始める。
「預かったキマイラと小人の遺伝子から、竜族の血が検出された。最初にリリス姫が倒したキマイラは融合部分に人族が5人分、竜族の血が1人分、神龍族の血が3人分。あとのキマイラはもっと質が悪くて、人族の血肉だけで融合してある。小人は人族を6人くらい使って作った『ホムンクルス』だね。可哀そうに……」
もとには戻せない。そう締めくくったルキフェルは、ホムンクルスを作り出した研究者の非道さに眉をひそめた。
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