魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

366. 誘い出す罠

 城門前は荒れていた。酔っ払いが多数転がっているが、ここまでは問題ない。城門の一部が焼け焦げており、ドワーフ達が新しい石材の耐久性について語り合っていた。どんな石材を使ってもいいが、色の統一性だけは頼んでおこう、と決めて向き直った。


 最初に目につくのは、巨大なヤンの背中だ。焼け焦げた禿げが2つほど目立った。炎系の魔法に弱いため、フェンリルであるヤンはよく火傷を負う。治癒魔法陣を作りながら、声をかけた。


「ヤン、無事か?」


「我が君! 申し訳ございませぬ。お手を煩わせてしまいました」


 しょんぼり垂れた尻尾と耳が、哀れだが可愛い。まさに巨大な犬である。狼だと騒ぐので本人の前では絶対に口にできないが、忠義に厚い大型犬は好ましい。


 治癒魔法陣を展開して、ヤンの毛皮の禿げを治した。今までも数回焼けた背が、いつも通りのふかふかな灰色毛皮に戻る。見慣れたフェンリルの姿に、左腕のリリスが興奮して身体を揺すった。


「にゃー!!」


「リリス、にゃーじゃなくてヤンだぞ」


「……懐かしいですな、我が君」


 ヤンに言われて、名付けた時のやり取りを思い出した。あの時は「にゃん」と名付けられそうになったのだ。くすくす笑いながら、ヤンの尻尾にしがみ付くピヨを見つける。隣で困惑顔ながら、ピヨを見守るアラエルがいた。


 この辺りは落ち着いているので、問題なさそうだ。見回した先で、青銀の鱗を持つドラゴンが荒れ狂っていた。剣をもつ数人の男達と向き合っている。


「爪と剣を収めよ。魔王陛下の御前である」


 呆れ顔のアスタロトが声を張り上げると、酔っ払いは慌てて剣を足元に放った。本気で戦うつもりはなかったらしく、勢いだったのだと言い訳を始める。青ざめた顔色からして、酔いはだいぶ冷めたのだろう。


 ルシファーの出現に男達が落ち着いたのを確かめて、ルキフェルが人型に戻った。水色の髪の少年は、きつい眼差しで住民達を睨んでいる。育て親のベールに攻撃したことを許していないのだ。そんなルキフェルに近づいたベールが、彼を後ろから抱きしめた。


 黒衣の裾を捌いて数歩進み、城門から歩いて近づく。慌てて平伏した城下町の男へ、ひとつ溜め息をついた。


 近づいただけで酒の匂いが漂ってくる。酒を飲むのは構わないが、喧嘩となると話は別だった。


 今回は圧倒的強者であるベールやルキフェルだったからいいが、実力が拮抗する者同士が喧嘩を始めると引っ込みがつかなくなる。祝いの宴で死者がでる事態となれば、さすがに笑い話では済まないのだ。


「その、別に大公閣下に不満があるわけ、じゃなく」


「勢いっていうか」


「酔いのせいっす、ホントすんませんでした」


 獣人系の青年は、手の爪を引っ込めてから隠すように手を背に回した。隣の男は剣を足の先で蹴飛ばしている。彼らの武装解除を確認し、ルシファーは仕事バージョンで接した。


「余にとって民は宝であり、眷属である大公もまた宝である。互いが傷つけ合うことを許した覚えはないぞ」


 この警告に、男達はルキフェルに視線を向ける。恐々とした様子ながら、「すみません」と口々に謝罪した。本当に酔った勢いだったのだろう。気の毒なほど身を小さくして、ベールに甘える少年に頭を下げる。


「この場は余が預かるゆえ、もう騒ぎを起こすでないぞ」


「「「はい」」」


 これで衛兵が報告した騒ぎは収まった。ほっとしたルシファーが表情を和らげた瞬間、斜め後ろに控えていたアスタロトが飛び出す。


 キンッ! 硬い金属音がして、アスタロトの右手に握られた虹色の剣が槍の穂先を弾いた。槍の柄を握る青年は舌打ちすると、すぐに体制を立て直す。


「おや、間違えて攻撃したわけではなさそうですね」


 楽しそうなアスタロトの呟きに、感情を削ぎ落とした冷たい声が重なった。


「貴様、リリスを狙ったな」


 疑問ですらない。確証に満ちたルシファーの声に、じわりと魔力が乗る。意識したわけでなく、怒りゆえに滲んだ魔力が、物的な質量となって襲撃者を押し潰した。

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