魔王様、溺愛しすぎです!
365. お気持ちだけで結構です
「助かった」
礼を言って、ベビーベッドの中に柔らかなクッションを敷き詰めた。まだ魔獣が数多く城門前で騒いでいるため、ヤンは魔獣の監督役を任せている。住民達の娯楽に水を差す気もないので、城門周辺は未だに宴会会場のままだろう。城下町ダークプレイスから屋台が来たので、営業許可を求める書類にサインして押印した。
「なあ、この程度の書類は文官の署名でいいんじゃないか?」
「そうですね」
普段なら文官の処理範囲だが、わざと紛れ込ませたアスタロトが何でもないように頷いた。魔王が戦って自分達を守ってくれた、その過程で起きたトラブルによりリリス姫が赤子に戻ってしまった――国民に知らされたのは、この部分だけ。徹夜で情報操作を行ったアスタロトの成果が、この書面なのだ。
民には厳しい現実より、優しい幻想を信じてもらうことにした。城下町の住民達が喜んで騒ぎ、屋台を出して魔王とリリスの無事帰還を祝う。誤魔化したが嘘をついたわけではないと、上手に正当化したアスタロトにベール達が呆れたのは言うまでもない。
「ルぅ!」
「リリス? ルーだぞ」
次の書類の説明中に手を止めてリリスを抱き上げる。喜ぶ赤子を膝の上に乗せたルシファーは、頬と頬をすり寄せた。あまりに幸せそうなので、咎める気にならなかった。
「……甘やかしすぎです」
文句を言いながら書類を運んできたベールが、アスタロトへ文句を言う。ルシファーを甘やかしすぎだと指摘され、少し考えて「確かに」と頷いた。
「甘え癖が付くと困るので、両方とも厳しくお願いします」
リリスもルシファーもきっちり手綱を握れと言いおいて、ベールが踵を返す。まだ処理すべき案件は大量に残っているのだ。その後ろ姿を見送りながら、リリスを膝に乗せたルシファーが呟いた。
「アイツも意外と甘いんだけどな」
この場で直接叱ればいいのに。くすくす笑うルシファーの左腕に抱かれるリリスも、きゃーと声を上げながら笑った。
「ところで、今の書類はなんだ?」
ベールが残した書類を引き寄せると、魔の森の被害状況の報告書だった。あの戦いが行われた場所を中心に円を描く形で、半径10kmほどが枯れている。ほとんどは魔王城の庭だからいいとして、問題はアラクネが住まう森の一部が含まれることだ。
魔の森は枯れたり燃えたりして損傷すると、周囲の魔物や魔族から魔力を吸収して回復する。それは弱い種族であれば生命にかかわるほどの影響があった。女郎蜘蛛であるアラクネの魔力量ならば問題はないと思うが、春先に生まれた子供は危ないだろう。
「アラクネの子供って、今このくらいか?」
くるんと手で大きさを示すが、アスタロトは記憶を辿りながら否定した。
「いえ、まだ一回り以上小さい時期ですよ」
彼女達は大量に子供を産むが、育つ数は限られている。魔物に捕食されることも多いのだ。ある程度は生存競争の一環として諦めなければならないが、子供を必要以上に減らす可能性があるなら、保護すべきだった。
さらにアラクネが保護して育てる巨大蚕から取れる絹糸による織物は、種族の大切な収入源だ。魔物である巨大蚕が全滅したら大惨事となる。魔の森をある程度復活させる必要があった。
「魔力を供給するか」
魔の森が魔力を吸収し始める前に、豊富な魔力量を誇る種族が魔力を満たせばいい。回復に必要な魔力が足りれば、棲まう種族を襲うことはなかった。
「陛下はだめです」
ちょっと行ってくると言いかけたルシファーを、笑顔で押しとどめる。
「うぐ……っ、でもオレが魔術で使ったんだし」
「5枚しかないんですよ、やめてください」
「だけど」
「どうしても行くなら、リリス嬢を取り上げます」
「わかった。魔力量が豊かな神龍族か、竜族に頼んでくれ」
切り札を前に、あっさり妥協したルシファーの髪を口の中に放り込んで遊ぶリリスが、大きな目でアスタロトを見上げる。背中にぽんと翼が広がった。白い翼は2枚だが、小さなそれをぱたぱた動かす。頭に光の環も浮かんだ。
「やばい、リリスが天使過ぎる。可愛い~!!」
語彙力が失われたルシファーが、黒髪にキスを落とす。
「リリス嬢、お気持ちだけで結構です」
リリスがどういうつもりで羽を出したか知らないが、記憶があり場の空気を読んだとしたら手伝いを申し出てくれたのだろう。そう判断してアスタロトが丁重に断った。
扉をノックする音に続き、衛兵が声を張り上げる。
「失礼します! 城門前が大変です!」
「……報告は正確に」
アスタロトの冷たい口調と眼差しに、衛兵が再度報告し直した。
「城門前で酔っ払いが騒動を起こし、ベール大公閣下が止めに入ったのですが民に攻撃ができず、飛んできた炎から閣下を庇ったヤン殿が負傷。ヤン殿への攻撃に怒ったピヨ殿が暴走し、アラエル殿によるピヨ殿回収が行われ……現在はドラゴン化したルキフェル大公閣下が民を脅しています」
ちゃんと丁寧に報告されても、状況がよくわからない。ルシファーが「とりあえず向かおう」と、リリスを抱いて歩き出した。
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