魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

358. 魔王の不名誉なレッテル

 まだ涙に濡れた頬をそのままに、ルシファーは布の塊に埋もれた小さな手を掴む。滑り落ちてしまいそうな小さな身体を抱き上げ、懐かしい感触に首を傾けた。


「リリ、ス……?」


 可愛いワンピースはぶかぶかになり、服というより布団状態だ。シーツ代わりにリリスを包んで抱き上げ、きゅるんと大きな赤い瞳を覗き込んだ。顔の半分が目ではないかと思うほど、赤ちゃんの目は大きい。そう……ルシファーが抱き上げたのは、10年ほどの前のリリスにそっくりな赤子だった。


 考えるより早く、慣れた手つきで横抱きにした赤子を軽く揺する。


「何が……」


「あの魔法陣の副作用?」


「若返り、でしょうか」


「リリス様、赤ちゃんになったの?」


「え、っと……私たちがお世話をすればいいのかしら」


「10年前を思い出しますね」


 それぞれに感想を口にしたあと、にっこり笑った赤子の笑顔に全員がハモった。


「「「「「「「可愛い(ですね)!!」」」」」」」


 さっきまでの恐怖や喪失感の裏返しのように、微笑ましい姿に誰もがつられて笑顔になる。茫然としたルシファーの腕に抱かれた赤子は、艶やかな黒髪も短くなっていた。


「あぶぅ」


 自分の手を口に咥えようとしたが、リリスの手は血で汚れ真っ赤である。慌てたルーシアが水を作り、ルーサルカが取り出したハンカチで小さな手を拭った。


「ああ、悪い。ありがとう」


 反射的に礼を言いながら、まだ状況が飲み込めないルシファーがリリスに頬ずりする。きゃっきゃと喜ぶ姿に、懐かしさと安堵がこみ上げた。喪わずに済んだ奇跡に、やっと表情が和らぐ。


「よか、った……本当に、よかった。リリス」


 驚きで止まった涙が再び頬を伝う。自覚がないのか、微笑みを浮かべたまま涙を零す美貌の主に、ようやく身を起こしたアスタロトが手を伸ばした。頬の涙を拭うつもりが、その手をルーサルカに止められる。


「お義父さま、手が汚いです」


 問答無用でルーシアが作った水を頭の上から掛けられた。冷たい水でびしょ濡れになったアスタロトの金髪から、赤が混じった水が滴る。


「何でしょうか。随分と扱いが酷いですね」


「勝手に死のうとしたお義父さまに言われたくないですわ! お義母さまになんと言い訳する気ですか」


「……叱られるアスタロトは新鮮だ」


 呟いたルシファーの声に、誰もが「確かに」と同意する。義娘ルーサルカの叱咤に、濡れた髪をかき上げながらアスタロトが苦笑した。


「やれやれ、アデーレに似てしまいましたね」


 口うるさい妻の姿や口調にそっくりだ。そうぼやくアスタロトだが、どこか照れたように視線を逸らした。ほんわかした雰囲気に誘われて近づいた魔狼やヤンが、すぐ脇でぺたんとお座りする。その尻尾が巻き起こす竜巻で、枯れ木が数本倒れた。


「皆様、随分なお姿ですこと」


 城の留守を任されたから。そう告げて転移しなかったベルゼビュートだが、あれほど魔力が荒れ狂った挙句、自らの魔力も多少奪われ、収まったと思えば魔の森が枯れる事態に、傍観できなくなった。鳳凰に城門番を任せて転移すれば、ボロボロになった主と同僚の姿に呆れてしまう。


「ベルゼ、みろ」


 ルシファーが嬉しそうに腕の中の何かを見せる。


「なんですの?」


 近づく間に治癒魔法陣を全員に投げつけたベルゼビュートだが、魔王の腕に抱かれた見覚えのある色彩の赤子にぴたりと動きが止まった。ぎぎぎと強張った動きでルシファーの顔を見て、ベルゼビュートは叫んだ。


「やだっ! 陛下はケダモノじゃないと思ってたのに、リリスちゃんを襲ったのね! 最低よ、まだ11歳の少女なのに、子供を産ませるなんて……どれだけ負担だと思ってるの? 子供の出産はリスクなのに! ロリコン孕ませ男めっ!!」


 いきなり犯罪者扱いされたルシファーはきょとんとし、アスタロトは腹を抱えて笑い出した。最近彼の笑いの沸点は低くなったようだ。ベールが仲裁に入る。


「違います。リリス嬢の子ではなく、リリス嬢です」


「わけわかんない言い訳しないで! 庇うなんて、ベール! あんたも同罪よ!!」


 怒り狂ったベルゼビュートは話を理解しようとせず、ルシファーの胸元を掴んで揺さぶった。

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