魔王様、溺愛しすぎです!
341. 馬耳東風のストーカー
「おはよう、ヤン」
アデーレを従えたリリスが現れると、尻尾がちぎれんばかりに振られる。フェンリルの巨大な尾が竜巻を作り出し、少し離れた魔の森の木々が大揺れした。数本は枝がちぎれ飛んでいく。
「おはようございます。姫様、我が君」
ぺたんと伏せて上位者への敬意を示したヤンは、城門をちらりと見てから背を向けた。背中に飛び乗ったリリスに続いて、ルシファーも久し振りに毛皮に跨る。下からアデーレが差し出すバスケットを受け取り、リリスは笑顔で手を振った。
「アデーレ、行ってくるわ」
「行ってらっしゃいませ、リリス様」
普段なら城門前の丘の手入れをしているエルフの姿は見えない。昨夜のキマイラ騒動で折れた噴水や、ルーサルカが操った薔薇の手入れに追われているのだろう。アスタロトによる尋問……ではなく、詰問……じゃなくて、聴取? が終われば、植物関連の魔法が得意な彼女も手伝いに駆り出されるはずだ。
他の者が働いているのに出掛けるのは、多少気が引ける。しかし昨夜頑張ったリリスのご褒美なので、彼女を後ろから抱き締め、ルシファーはヤンの毛皮に埋もれていた。
「後は任せる」
「はい、承りました」
城門前に見送りに来たベールに挨拶を済ませると、ヤンはすくっと立ち上がって駆け出した。魔法で風を防いであるが、何もなければ転がり落ちそうな速度だ。見る間に魔王城が森に飲み込まれ、前後左右どこを見ても魔の森になった。
少しすると、ヤンが速度を落としてゆっくり駆け足程度になる。
「ピヨに見つかると厄介ですからな。今日はアラエルに預けてまいりました」
なんだかんだ母親代わりをしているが、本来は同族と暮らした方がピヨのためだ。どんなに慕って懐いたとしても、ヤンは種族が違う。空の飛び方を教えてやることは出来ないし、餌の取り方、巣作りの方法もまったく別だった。
「アラエルに飛び方を習っているのよね」
「はい、ようやく音速が出るようになったと」
音速で飛ぶ必要性がよくわからないが、鳳凰の能力的に必要なのだろう。にこにこと笑顔で聞き流すルシファーの腕の中で、リリスがごそごそ動き出した。
今日の彼女はシンプルなワンピース姿だ。動きやすさを重視した格好ながら、オフホワイトのブラウスはフリルが多めだし、紺のエプロンワンピは赤い縁飾りがアクセントになっていた。黒髪をポニーテールにして、さらに三つ編みにしている。上を赤いリボンで飾ったのは、服に合わせたのだろうか。
「今朝はね、久しぶりにプリンも作ったのよ」
動いていたリリスは、どうやら向きを変えたかったらしい。後ろ抱きの姿勢から、向き合う形に座り直す。そのままぎゅっと抱き着いてくるから、可愛すぎて腕に閉じ込めた。
「可愛いお姫様、どこでこんな仕草を覚えるの?」
「覚えたんじゃなくて、考えたの」
得意げなリリスを抱き締めて、耳元で「今日の恰好も可愛くて似合ってる。この間読んでいた小説のお嬢さんみたいだ」と囁く。エプロンをした少女が出てくる小説には、愛らしい、可愛らしいと何度も表現されていた。
リリスが読んだ本はすべて目を通すルシファーの行動が、最近ストーカーじみていると側近達は心配している。しかし当の本人は何が悪いのか理解せず、対象となったリリスも「パパと本のお話ができるわ」と喜ぶ有様で注意も馬耳東風だった。
いざとなれば数年眠らなくても平気な体質なので、魔王の暴走と溺愛は深まる一方だ。リリスが眠った後で明け方まで顔を眺めていたり、書類処理の合間にドレスのデザインを検討していたり、その愛情は収まる気配がなかった。
ちなみにルシファーは早朝から薔薇の庭へ向かい、昨夜倒されたキマイラの頭と胴体の肉の一部を受け取ってきた。山羊の角が一部欠けていたが、戦闘中に折れたのかもしれない。リリスは何も言わなかったが、突然「湖がみたい」と言い出したのは、彼女なりの見送りだろう。
討伐されたキマイラの処分方法は決まっている。食べられる部分は魔物や魔獣に分け与えて、生態系に戻してやり、残された骨や皮は大地に埋め水に沈め、いずれ自然の流れに還れるように手助けするのだ。かねてからの埋葬方法に従い、キマイラの一部を持ち出した。
「湖ですぞ」
ヤンの速度がさらに落ちて、木々の間を抜けた巨体が音もなく飛び出す。湖の前は緩やかな斜面がひらけており、美しい花畑が広がる。見覚えのある景色に、リリスは首をかしげた。
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