魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

334. 哀れで醜い、作られた魔物

 ルシファーの執務室で書類が崩れ、アスタロトの腹筋が崩壊しかけたあの日――リリスが目を通した書類は2枚あった。1枚目は手に取った辺境伯の要望書、そして付随していた魔物の目撃情報に関する書面だ。両方ともリリスにとって有意義な情報をもたらしてくれた。


 ラゼル辺境伯の要望書は、側近少女達が気にしていた噂を肯定した。甘やかされた一人娘リリーアリスが、魔王に懸想して側妃の座を狙っている。ルーシアが持ち込んだ情報は、他の貴族を巻き込んだ昨年の騒動につながる話だ。自分に甘い父親に、祭りや討伐を餌に魔王の臨席を求めるよう頼んだのだろう。


 もう1枚に記された魔物の記述が気になった。獣の咆哮とたてがみ、曲がった角を持ち、背には大きな竜翼、長大な尻尾を持っている。目撃者の話が細切れで、集めても巨大な魔物の全体像がつかめないと記載された。その文面に、リリスは惹かれたのだ。


「目撃情報どおりね」


 月光を遮るほど大きな体は獣のようだ。頭はライオンで山羊の角を持ち、胴体は山羊らしく白っぽい毛に覆われていた。その背に竜翼があることから、どうやら太くて長い尻尾は竜の形状らしい。


「キマイラか!」


 ようやくルシファーも報告書の記載を思い出す。時々目撃されていたが、魔族にキマイラという混血種は存在しない。なぜなら竜とライオンの獣人が婚姻しても、その子供がキマイラのように混じった外見で生まれる事例はないからだ。竜かライオン獣人か。片方しか生まれず、兄弟でも種族が違う場合があった。


 人工的な手が加えられない限り、人族以外との混血種は考えられない。そして人為的な混血種を『キマイラ』または『キメラ』と呼んで区別してきた。1つの命に2つ以上の遺伝子を持つ魔物として。


 魔術的に種族を混ぜる禁術が、過去に開発されて廃止された。種族の境目を崩して生まれた子供に、不幸な出来事が続いたためだ。長く生きられなかったり、言葉や意思の疎通が出来ない魔物となったり、子が親を食い殺す事例まであった。


 禁止された術を誰かが呼び起こしたのか。アスタロトとルキフェルが顔を見合わせ、ベールは青ざめていた。過去に生まれた不幸な子供達を処分したのは、ルシファーと側近達だった。その頃の苦い記憶が蘇る。


「酷いわね……醜いこと」


 自然の流れを最も重視する精霊女王ベルゼビュートの目には、ぐちゃぐちゃに乱れた黒い魔力の流れが映っていた。おそらく身体を引き裂こうとする魔力の激痛に苛まれ、誰かれ構わず周囲の生き物を襲ったのだろう。真っ赤に濡れた牙と爪が、キマイラの起こした惨状を窺わせた。


「余の命を伝える。この場の貴族は己の領地、並びに周辺でキマイラの被害が出ていないか調べよ。報告より救助を最優先とする」


 ルシファーの命令に、大広間に集まっていた貴族が一斉に膝をついた。仮面を外した彼らは各々の領地へ戻っていく。転移魔法陣を使う者や翼を広げて空を舞う者と手段はそれぞれだが、魔王直命にすぐ動き出した。


「我が君! キメラですぞ」


 中庭から駆けてきたヤンが巨大化した姿で、庭の薔薇を散らす。背に止まるピヨが威嚇の声をあげ、城門番の鳳凰アラエルがぐるりとキマイラの周囲を飛んだ。


「いかがなさいますか?」


 手を出すか、見守るか……試すようなアスタロトの問いに、魔王ルシファーは意味ありげに腕を組んだ。緩やかに背で揺れる結った純白の髪を風に遊ばせながら、美貌のかんばせに見惚れる笑みを浮かべる。


「余の妃が望んだ獲物だ。横取りしたら恨まれるぞ」


 手出し無用を告げながら、ルシファーの長い爪は手に食い込みそうなほど……強く握られていた。

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