魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

333. 狩りの獲物がやってきた

「どういう意味ですか?」


 疑問をぶつけられたリリスは、同色の瞳を持つアスタロトに正面から向き直った。まだ『狩りの対象が残っている』と告げた少女は、美しい桜色を取り戻したドレスの裾を揺らしながら首をかしげる。


 大きな獲物を確実に仕留めると予言したくせに、なぜアスタロトも理解してないのかしら。リリスと打ち合わせ済みの少女達は、リリスの視界に入る位置で微笑んだ。彼女らにとって、狩りはこれからなのだ。今までの金魚騒動は前哨戦だった。


「だって、金魚は(小さすぎて)狩りの対象じゃないもの。私が欲しいのはよ」


 ざわめく貴族達が互いを窺うように視線をかわす。魔王妃となる少女が狙う大物とは、どの貴族を指すのか。興味と好奇心が魔族の間に広がった。


「リリスが狩りたいなら任せるさ」


 簡単そうに全権を預けたルシファーが、手にした仮面を収納して両手で少女を抱きしめる。正面からではなく、自分に背を向ける形で立つリリスを拘束するように。低い位置にある黒髪にキスを落として頬を緩めた。


 リリスが見せた今回の一幕は、きっと今後の助力となる。


 側妃を持たないと宣言した魔王の言葉に、誰もが魔王妃となる少女に最上位の統治者たる資質を求めた。魔族は力をたっとぶ傾向が強いが、力の象徴である純白の魔王の存在ゆえに、圧倒的な力を黒髪のリリスへ期待しない。彼女が示すべきは統治者として魔王を支える能力だった。


 魔王妃の品格を保ちながら、魔族最上位の女性として、優しく民を守る慈愛と敵に対して見せる残酷さで君臨すること。絶対君主である孤独な魔王を、心から愛して支えられる存在であること。


 最低限求められる資質はその程度だ。そしてリリスは上手にこの場を収めた。己に対する無礼な振る舞いを断罪する強さと、彼女を金魚と称して助けた優しさを示してみせたのだ。貴族からの反発を抑えるに十分すぎる成果だった。


「本当? ありがとう、パパ。もうそろそろなの」


 抱きしめるルシファーの手を緩めて、リリスが軽やかな足取りで歩き出す。謁見に使う大広間の前には立派な庭が広がっていた。薔薇や噴水が特徴的な庭へ繋がるガラス扉を開き、リリスは月光を浴びて目を細める。


 大広間からの眺めを一番に考えて作られた庭は、石畳や石段などの構築物と華やかな植栽のバランスが見事な作品だった。エルフ渾身の庭の中央で月光を揺らす噴水は、涼やかな水音を届けてくる。


 黒髪で揺れる髪飾りがきらきらと眩しく輝いた。後ろに従うルーサルカは爪と尻尾を露わにし、ドレスのスカートが尻尾の動きでゆらめく。ルーシアは右手に魔法陣をひとつ、シトリーは弓矢を召喚した。レライエの背に竜翼が広がり、リリスに駆け寄る専属騎士のイポスが剣を抜く。


「……姫君方はどうなされた?」


「庭に何がいるのか」


 ざわめく貴族をよそに、ルシファーはすでに原因と思われる魔力を感知していた。月光の降り注ぐ窓辺に近づき、右手に結界用魔法陣を作って備える。同様にアスタロト、ベール、ルキフェル、ベルゼビュートが厳しい目を空に向けた。


「パパは手を出さないで。この獲物を狩るの、ずっと楽しみにしてたんだから」


 白い肌が月光でさらに青白く透き通って見える。リリスは満面の笑みで魔王ルシファーの参戦を留めた。肩を竦めたルシファーだが、手の中の魔法陣を消さない。緊急時にリリスや民を守る魔王として、対策の手段は残していた。


「わかった。気を付けて」


 素直にリリスの声に頷いたルシファーに、アスタロト達側近が顔を見合わせた。近づく魔力はそれなりに大きく、公爵や侯爵位を持つ貴族も気づいて騒ぎ始めている。この獲物がリリスの狩りの対象だとして、魔王が手を引いて見守る決断は珍しい。いや、戦闘で矢面やおもてにリリスを置くのは初めてだった。


「絶対に仕留めるわ」


「「「「「はい」」」」」


 騎士と側近少女達の声が重なり、わずかに月が陰る。上空に現れた不吉な黒い雲を従えた『獲物』はついに、その巨体を現した。

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