魔王様、溺愛しすぎです!
328. 金魚は自ら飛びこんだ
「次もお付き合いいただけますか?」
「ええ、もちろん」
ルシファーの促しに、リリスは自信をもって頷いた。これはダンス教師をしたオレリアの得意曲で、足が痛くなるほど踏まされたステップだ。うんざりするほど聞いた曲に合わせて、足が勝手に動く気がした。この曲が出来た頃から知っているルシファーは、さほど苦もなくリリスをリードする。
くるりとターンしたリリスの足が次のステップに踏み出す。腰の位置から膨らんだ薄ピンクのスカートは、蕾が花開くように広がった。
「リル様はさすがですわ」
ルーシアは見惚れながら、少し離れたテーブルで飲み物を手にした。隣の青年も「これは見事だね」と感嘆の声を漏らす。親が決めた婚約者というと聞こえは良くないが、実際は幼馴染でとても仲のよい2人だった。風の妖精族出身の青年ジンが薄灰色の瞳を細める。
「それで、姫君の獲物はどちらに?」
「赤い金魚なの」
ひらひらした赤いドレスの女性を視線で示したルーシアは、顔を隠した仮面の下で笑った。赤い金魚とはよく称したものだ。今日の彼女の衣装を見て、最初に閃いたレライエの辛口な評価を思い出す。
曰く「ふっくらした尾びれの長い魚を、金魚と呼ぶらしいわ。池の水を汚す魚なんですって」と。これほどぴったりな表現もない。獲物としては小物感はあるが、澄んだ魔王城の環境を池に例えるなら、水を汚す魚という表現は似合いすぎだった。
「あれはガラス鉢で飼う魚だね」
遠回しに、辺境という箱庭から出てこなければ良かったのに……と告げるジンは赤いドレスを目で追った。確かにひらひらしたデザインと、似合わぬ膨張色に負けた女性に向けるのに、金魚は言い得て妙だ。
「ええ、この辺りの水には馴染めないでしょうね」
ルーシアが仮面の口元を扇で覆う仕草を見せる。すっと隣に歩み寄ったシトリーが、仮面をすこしずらして笑った。
「次のワルツは私が行きますね」
「わかりましたわ。追い込むのは3曲終えて、2回目のワルツにいたしましょう」
今回の舞踏会には、未成年の子供が多く参加している。公式の夜会だが、仮面があることで格が落ちるのだ。有力な貴族家はみな、跡取りを連れて参加していた。
子供が多くなれば、踊る曲の選定も変わってくる。ワルツやメヌエットが主流となっているのは、これらが舞踏会で常にかかる定番曲だからだ。踊れなければ、壁の花やシミになっているしかない。
定番曲中心の舞踏会なので、フロアに出て何度も踊ることを想定されていた。3曲目のクレンテが流れると、殆どの者はフロアからおりる。
これはダンスの中でもっと格式が高いため、この曲がかかったときに身分の高い者がフロアにいると、他の者は遠慮して下がるのが暗黙のルールだった。通常残るのは侯爵家以上が一般的だ。実力で爵位が変動する魔族にあって、爵位は実力のバロメーターなのだ。
頷きあった2人がステップを踏むと、フロアはさっと人影が消える。残ったのは、アスタロトとルーサルカ、新しく進み出たレライエと従兄弟だという青年だった。
慣れた様子で三拍子のステップを踏み、注目を浴びながらのクレンテが終わり、ルシファーと腕を組んだリリスが飲み物を欲しがる。その仕草に頷いたルシファーがフロアを下りたことで、他の参加者が一斉に踊り始めた。
「リルは白葡萄の果汁にしようか」
飲みやすく加工された果汁のジュースを手に、ルシファーがリリスを振り返る。少し離れたテーブル際で待つ少女に近づいたところで、リリスの後ろで赤黒いグラスを手にした女性が躓いた。
「あっ……ごめんなさい」
悪びれた様子なく、最後の一滴までしっかりリリスの上に掛け終えた女性が、口先だけの謝罪をのべた。くるりと振り返ったリリスは赤黒く染まったドレスに少し首をかしげる。まるで何が起きたかわからなかったフリで。
「リリ……っ、リル!」
名を呼びそうになり、慌てて仮名を呼び直したルシファーが近づくより早く、リリスは飛び込んだ獲物に優雅に一礼した。
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