魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

310. 駆除も終わったし、城に帰ろう

 アスタロトが破壊した南の都は、散々たる有様だった。暴走した魔力が炎獄を呼び、街を焼き尽くしたのだ。高温の陽炎が揺らめく石畳は、一瞬で人族を蒸発させる地獄だった。この都に生存者はおろか、虫1匹生き残っていないだろう。


 魔法や魔術による炎は、水や氷で打ち消せる。魔法陣による炎なら、文字や記号を崩せば消滅させることが出来た。しかし炎獄は違う。


 別空間から呼び出した炎獄の火は、源である魔力を断つしか消化方法がなかった。つまりアスタロトの命や魔力が尽きるか、正気に戻って封じるまで、炎は周囲を満遍なく焼き尽くすのだ。


 その対象に、善も悪も区別はない。


 この場にいた味方が、精鋭揃いの第一師団でなければ、損失が出ただろう。第一師団は剣技などの腕っ節だけでなく、魔術や魔法の能力も求められるため、転移魔法が使える種族が多く配属されていた。お陰で、今回も素早く都から脱出できたのだ。


 第一師団の無事は、ベルゼビュートにより確認されている。安心した途端に、軽口が飛び出た。


「派手にやらかしたな~」


「ご命令には背いていませんよ」


 普段通りの辛口を返すアスタロトの口元に、柔らかな笑みがこぼれる。いつもと変わらぬ側近の帰還に、ルシファーは肩を竦めて溜め息をついた。


「あのままのアスタロトなら可愛かったかも」


「おや? 可愛いなどと言われたのは生まれて初めてです。光栄ですよ、我が君」


「パパとアシュタは、仲良しね」


 リリスの無邪気な声に、2人は苦笑いして顔を見合わせる。近づいたベルゼビュートが、リリスに耳打ちした。


「男同士っていつもこうなの。すぐ女を仲間外れにするんだから」


「ベルゼビュート、リリス嬢に余計なことを吹き込むのはおやめなさい。その首を切り落としますよ」


 立ち上がったベルゼビュートは、豊かな胸を見せつけるように張った。数歩歩いてアスタロトに近づき、するりと手を頬に滑らせる。誘惑するような妖艶さを纏い、物騒なアスタロトの発言に切り返した。


「あら、出来るものなら落としてご覧なさい。精霊女王の名にかけて、返り討ちにして差し上げるわ。もう手加減してあげなくてよ?」


 彼女の肌にはまだ切り傷が残されている。どうやら自分の治療は後回しにしたらしい。治癒魔法陣をベルゼビュートの身体に施しながら、アスタロトは婉然と微笑んだ。


「手加減という言い訳が出来ないくらい、叩きのめされたのは、どなたでしたか」


 忘れたい過去の汚点をつかれ、ベルゼビュートが言葉に詰まる。魅力的な肢体を誇る美女を押しのけ、アスタロトは静かに一礼した。


「ベルゼビュート。暴走した私を止めようとしたこと、感謝いたします」


 肩を竦めて謝罪と感謝を受けるベルゼビュートの肌から、治癒魔法で傷が癒えていく。白い肌に刻まれた赤い傷跡が消えると、美女は「仰々しいのよ」と悪態をついた。彼女流の照れ隠しだろう。


 微笑ましく見守るルシファーの腕の中で、リリスが手招く。今度は素直に近づいたアスタロトの金髪を一房握り、満面の笑みで口を開いた。


「アシュタが赤色に戻ってよかった。パパが殺しちゃうかと思った」


「うん? パパを、じゃなくて?」


 ルシファーの疑問へ、リリスは子供特有の残酷なまでの素直さで首を横に振った。


「だって、パパはアシュタを殺す気だったもん」


 冷や汗が背中を伝う。もし元のアスタロトを取り戻すことが出来ないなら、彼が災厄となる前に殺す――これがかつての約束だった。だからリリスに見られたくなかったのだ。側近の命を奪うかも知れない戦いを、彼女の記憶に残したくなくて眠らせた。


 知られていた事実と、あのとき説明できなくて言い淀んだリリスの様子に得心する。


「そうですか……約束を守ろうとしてくださったんですね」


 言葉と表情は嬉しそうなのに、赤い瞳は笑っていない。リリスを強く抱きしめたルシファーは、必死で抵抗した。


「あ、謝らないからな!」


「当然です。この程度の覚悟が出来ない人に、魔王を名乗らせたりしません」


 くすくす笑う側近の様子に、ルシファーは空を仰いだ。雨雲が吹き飛ばされた朝の空は明るく、眩しい光を一直線に都へ降り注ぐ。天使の梯子と呼ばれる幻想的な風景が、焼け焦げた都を照らした。


「駆除も終わったし、城に戻ろう」


 ルシファーの声に異論を挟む者は、誰もいなかった。

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