魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

300. 雨の予感と不躾な乱入者

 逃げることもできず王侯貴族が血の海に沈んだ頃、ベールは軍の指揮を分散して対応していた。各所からあがる報告を纏めながら、次々と指示を出す。魔王軍が結集した丘の上を指揮所として、2つの都市の状況を空中に投影する。


 逃げ惑う人々を襲う魔族側に、ほとんど損傷は出ていない。もとが1対1ならば比較にならない能力を誇る魔王軍の精鋭達だ。冒険者を名乗る腕に覚えのある者が相手でも、正面から切り伏せていった。予定通りの制圧ぶりに、これならば夜明け前に趨勢すうせいは決すると判断する。


 ふわりと舞い降りた血塗れの吸血鬼に、魔王軍総指揮官は視線を向けた。すぐ隣に着地したアスタロトの服から血と別の何かが香る。


「手伝いましょうか?」


「……落ち着きましたか。でしたら南の都市をお願いします」


 真っ赤に濡れた返り血を誇るようなアスタロトを上から下まで見て、その穏やかな口調と微笑みにベールは応じた。どうやら「俺」から「私」に戻っているようだ。ゾンビ騒動を起こした都の殲滅に加わって欲しいと要請され、アスタロトは静かに頷いた。


「陛下には私からお伝えしておきます」


「お願いします。それとこれを預けますので、ルキフェルに渡してください」


 教会から奪った書物を取り出して、ベールに差し出す。ちらりと表紙の文字を見たベールが無言で受け取った。手元に小さな魔法陣を作ると本を転送する。


 自分でも出来ることを任せるアスタロトに違和感を感じて首をかしげれば、金髪に飛んだ血を指先で拭う吸血鬼王は肩を竦めた。


「ちょっと聖水を浴びまして」


 ベールは幻獣系なので臭いを気にしないが、魔獣や精霊のベルゼビュートなら顔をしかめる臭いを纏っている。おかげで魔力の一部を封じられた状態だった。この場所にも転移ではなく飛んで現れたのだ。聖水による不便さすら楽しんでいる男へ、ベールは呆れ顔で肩を竦めた。


「こちらを」


 ぱちんと指を鳴らしたベールの呼び出した魔法陣が、穢れを洗い流す。浄化を使用すると危険な種族用に、ルキフェルが開発した魔法陣だった。聖水や血など、付着していた不純物を取り除いた魔法陣が消えると、アスタロトは確かめるように数歩の距離で転移を使う。


 問題なく魔力が発動することに目を瞠った。


「素晴らしいですね」


「ルキフェルの開発品です。複写していくつか持って行ってください」


 可愛がっている子供が褒められて嬉しそうなベールが、魔法陣をいくつか呼び出してアスタロトに渡す。感謝を口にしてアスタロトは遠慮なく受け取った。また聖水をかけられたり血を踏む可能性もあるので、備えは万全にしておく。


「私は向こうの都を片づけてきます」


 血も聖水も落としたアスタロトは、普段の落ち着いた側近としての顔を崩さずに一礼して消えた。彼の転移魔法陣が消滅するのを待って、ベールは口元に笑みを浮かべる。


「雨が降るまでに終わらせたいですね」


 濡れるのをことさら嫌うベールは、今にも降り出しそうな夜空を見上げる。湿った風が吹く丘は、夜明け後に雨が降ると予告するようだった。


「見つけたぞ! この悪魔めっ!!」


 冒険者だろうか。革鎧の数人がベールの前へ飛び出す。角や牙を解放していたアスタロトが消えたことで、強気になったのか。先ほどから無視し続けた気配の主を、興味なさそうにベールは一瞥してまた空へ視線を戻した。


 彼にとっては空模様の方がよほど気になる。


「その余裕がいつまでもつか、確かめてやる!!」


 叫ぶ剣士を見ながら、ベールは溜め息をついた。頭の悪い犬でもあるまいに、きゃんきゃん喚かず攻撃できないのか? そもそも上位者の実力すら見極められない無能が、上から目線で何をほざくか。


 眉をひそめたベールは、ようやく剣士達に向き直った。魔術師らしき2人と白い服の女、剣士2人だ。剣先を向ける男が斬りかかった。無造作に右手を掲げて剣を弾く。指より長い爪が短剣のように月光に輝いた。

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