魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

293. 魔王の覚悟と決断

「陛下」


 アスタロトの呼びかけに「少し待て」と返事をして、リリスのワンピースを取り出した。魔力でつないだ空間を通して、彼女お気に入りのワンピースを転送する。レースがふんだんに使われた白ワンピースに、沈んでいたリリスの顔が輝いた。


「これに着替えよう。そうしたら痛いことした人たちに罰を与えて、皆が待つお城に帰るぞ」


「うんっ」


 手早く着替えさせて、レースのリボンで黒髪を絡めて結う。カーテン代わりに使った結界を解くと、空中で器用に傅くアスタロトが待っていた。


「悪い、待たせた」


「お気になさらず……リリス姫の装いが?」


 何かあったのかと尋ねる側近の鋭さに、ルシファーは静かに頷いた。左腕のリリスはルシファーの首に手を回して、じっとしている。


「この王都とやらは何万人ほどいるのか?」


「推定ですが、12万を超えるでしょう」


「ならば滅ぼすとしよう。適正個体数の計算は終わったか?」


 以前に人族の異常な繁殖能力に驚いた魔族の最高会議で、人族を一定数駆除する決議を得ている。その際に数の計算を行うよう、アスタロトへ言いつけていた。生物は最低ラインを割った数から繁殖することは難しい。そのため、滅ぼさぬための加減は必要だった。


 眼下に広がる都を滅亡させ、愚かな王と貴族を中心に減らせば、少しはまっとうな人間が残るのではないか。言葉にしないルシファーの提案を汲んだアスタロトは、空間から書類を取り出した。


 計算ならば、申し付けられたその日に終えている。繁殖力から逆計算したグラフ付きの書類を示しながら、アスタロトはきっぱり断言した。


「この王都だけでなく、先日のゾンビ事件の出口の都も滅ぼして問題ありません」


 人族は森や海周辺にも数多く生息が確認されている。小さな集落には善良で信心深い者が多く、彼らを残す方が魔族にとって共存しやすかった。都で傲慢に振る舞う王侯貴族が消えるだけで、かなり浄化されるだろう。


「駆除方法は?」


「魔王軍と周辺警備を担当する魔獣を動員するがよいかと、愚考いたします」


 煮え湯を飲まされた魔の森の縁に住む魔獣達と、普段から駆除になれた魔王軍を投入する大規模な作戦の提案に、ルシファーは頷いた。


「ならば集めよ。余の名で大々的に参加種族を募れ! 我が魔王の名の下に、人族への狩りを許可する」


 ルシファーは宣言した。その声に迷いはない。


 ここ数年はリリスの存在で丸くなったように見えるルシファーだが、本来は決断力も冷徹さも持ち合わせた『魔族の王』だった。庇護を求める種族を守り、敵対する種族を容赦なく滅ぼす。時代により左右される善悪より確かな信念をもって、他者を寛容に受け入れ排除してきた。


「畏まりまして、我が剣を捧げましょう」


 心底嬉しそうな笑みを浮かべたアスタロトが跪いた。コウモリの羽を背に畳み、首を垂れる。その様子を見ていたリリスは、何も言わずに右手の指を口元に運んだ。カリッ、と爪を噛む音がする。


「パパ、ここ壊すの?」


「ああ、もう決まったことだ」


 黒髪を撫でて告げると、リリスは複雑そうな顔をして首を傾げた。


「なんで壊すの? 悪い人だから?」


「リリスを傷つけた。リリスのお友達も傷つけられた。もしオレが間に合わなければ、リリスは今いないかも知れない」


 最後の方は想像しただけで声が震える。たどり着いた先で、リリスが血塗れで息絶えていたら? 人族どころか魔族も巻き込んで滅ぼしただろう。リリスがいない世界を残して何になる? そんな世界に生き残って、どうする!


 銀の瞳に浮かんだ憤りと怒りが、瞬きひとつで隠された。腕の中の愛し子を怯えさせる必要はない。出来るだけ穏やかな口調を心がけて、リリスに向き合う。


「逆に考えてごらん、もしオレやお友達が殺されたらどうする? リリスは我慢できるか」


「やだっ! そんなの許さない!」


 赤い瞳からぽろりと涙が落ちた。それを唇で拭い、ルシファーは「ありがとう」と囁く。己の行動が正しくなくとも、人族がどれほど己を恨もうと、この決断を悔やまず撤回しない。王である以上、これはルシファーの職責だった。


 魔王が下した決断を翻せば、今後の命令系統に混乱が生じる。撤回される可能性を加味して動くようでは、遅いのだ。助かる者を見殺しにする可能性も出てくる。トップに立つ者の命令は、それだけの重みと責任が常に付きまとった。ルシファーは8万年近く、この覚悟を背負っているのだ。

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