魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

287. 誘拐事件発生、キレた髪と吸血鬼

「コカトリスはから揚げだったな。イフリートに頼んでおく」


「ありがとう、パパ」


 お取り巻きとワイバーンへ駆け寄るリリスを見送った直後、ヤンの悲鳴が聞こえた。


「姫っ! 我が君、我が君っ!! ……がうぅ」


 混乱したのか、ひたすら名を呼ぶヤン。


 振り返ったルシファーの目に映ったのは、不可思議な魔法陣とその上で上半身を地面に食い込ませたフェンリルの巨体だった。魔法陣に詰まったのか、向こう側で拒否されたのか。ヤンは身動きできなくなっていた。芝の上で踏ん張る後ろ脚で筋肉が張る。


「よくやった!」


 リリスと少女達が消えていた。おそらく魔法陣が発動した際に転移させられたのだろう。だとしたらヤンが顔を突っ込んだ先に、彼女らはいる。そして当初の転移対象ではないヤンが引っ掛かったことで、魔法陣はかろうじて形を残していた。まだ繋がっている。


 消えかけた魔法陣に飛び込みながら、側近に指示を出した。


「アスタロトはヤンを、ベールは軍、ルキ……」


 ルキフェルに魔法陣の再現と解析を頼もうとしたが、最後まで言い切る前に飲み込まれる。途切れた言葉の余韻と純白の髪の一部を残してルシファーが消えた。


「陛下っ!」


「……リリス嬢もいませんね」


 ヤンを結界で包んで保護したアスタロトが、少し離れた場所にフェンリルを飛ばした。転移魔法陣が閉じる瞬間に挟まった状態ならば、二つに切断される可能性がある。残された純白の魔王の髪のように。


 地面に残ったわずかな髪を拾い上げ、アスタロトは取り出した紙に丁寧に包んで収納した。魔力の塊である翼ほどでないにしろ、高い魔力媒体である魔王の髪を野に捨てるわけにいかない。


「騒ぎが大きくなる前に対処しましょう」


 落ち着いて見えるベールだが、その声はわずかに震えていた。予想外の事態に混乱しているのは、この場にいる全員同じだ。


「ベール大公閣下、軍の緊急招集と貴族への抑えをお願いします」


「アスタロト?」


 珍しく肩書で呼ばれたため、ベールが怪訝そうな顔を見せる。


 ばさりとコウモリの翼を広げたアスタロトの赤い瞳がぎらりと光った。縦に割れた獣の瞳や口からはみ出す鋭い牙は、彼の感情を如実に示している。吸血鬼と人族が罵る男の頭部に普段は隠す角があった。


「人族の臭いがします。が陛下に申し付かったヤンの保護は済みましたので、は好きにさせてもらう」


 途中から変化した一人称の意味を知るベールは、諦めた様子で首を横に振った。怒りが突き抜けたらしい。彼ら吸血系種族は臭いに人一倍敏感だ。息を止めて臭いを遮断する能力も、その強すぎる嗅覚故の進化だろう。


 普段スマートに振る舞うのは、本性である獣の姿を己自身が厭うためだ。穏やかに装い、醜いと嫌う本性を隠してきた。それを人前で露わにするほどの激情は、もはやルシファーが止めても収まらない。


「軍を編成して連絡します」


 ならばベールも自分が出来ることを為すのみだ。ルキフェルがそっと手を絡め、不安そうに見上げてくる。心配されていると気づいて、少しだけ口角を持ち上げた。


「僕は魔法陣を解析して、軍を転送する準備をする」


 人族が何を狙ってリリスや少女達を攫ったのか、もしかしたら魔族ならば誰でも良かったのかもしれない。しかし人族が手を出した存在は、決して触れてはならぬ魔王の禁忌だった。


「……陛下を、頼みましたよ」


 すでに言葉を発する余裕もないアスタロトが、縦になった瞳孔をわずかに見開き、牙が鋭い口元に笑みを浮かべた。それが返答だ。次の瞬間、アスタロトの姿は消えていた。


 振り返ったベールは、慌てふためく魔族の姿に苦笑いを浮かべる。手を繋いだルキフェルの温もりと、取り乱した友人が主を護りに行った事実が、ベールに余裕を取り戻させた。


「魔王軍を動かす前に、この惨状を片づけないといけませんね」


 目の前はひどい状態だった。アスタロトが救出したヤンは茫然とし、その周囲で心配そうに鼻を鳴らすへルハウンド。解体を終えたばかりの巨大牛やクモ、カマキリの死体が積まれた前庭は、手つかずのワイバーンと毒をまきちらすコカトリスが転がる。


 戦いの痕跡はないが、王城の前とは思えない乱雑さだった。衛兵のコボルトはおろおろと魔王を呼びながら走り回り、鳳凰は城門で茫然としている。


「ルキフェル、すみませんが手伝ってください」


「わかった」


 大公2人はこの騒動を収めるべく、動き出した。

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