魔王様、溺愛しすぎです!
265. ドアを開けたら、目の保養?
得意げに薄い胸を張る幼女に、ルシファーはデレデレだった。自分のためにお菓子を作ってくれる可愛い娘、ついでに未来のお嫁さんだ。溢れる愛しさのままに感謝を伝えた。
「ありがとう。パパは嬉しいぞ、あ~ん」
口をあけて待つと、リリスがクッキーをひとつ摘んで入れてくれる。甘いジャムつきのクッキーから、柑橘系の匂いが口いっぱいに広がった。どうやらオレンジか檸檬のジャムを使ったらしい。
「美味しい! リリスは何を作っても上手だな」
照れたように自分の口にお菓子を放り込むリリスが、思い出して籠に残った骨型のジャムなしクッキーを取り出した。
「ヤン、ピヨも」
目の前に袋の口を開いて置くと、器用にヤンが中からクッキーを拾い上げる。ピヨも同じように嘴を使って食べ始めた。
「おいしい」
「美味しいですぞ、姫」
口々に褒めてもらい、リリスは頬を緩めた。にこにこと笑顔を振りまくリリスに「可愛い」と呟いたルーサルカへ、他の3人も同意する。頷く彼女らは、リリスが勧めるままにお茶とお菓子に手をつけた。
正面にアスタロト、左側にルーサルカとシトリーが並び、右側はルーシアとレライエが座っている。アデーレは給仕しながら、お茶会を見守っていた。
「パパ、あのね」
籠に残った包みを取り出して、綺麗なガラスペンを見せる。リリスがもらったペンはピンク色に金のラインが螺旋状に描かれたデザインだった。
「もらった」
「へえ、誰から?」
「ベルちゃんとロキちゃん」
どうしても呼び名が直らないリリスだが、もう少し大人になってから直せばいいとルシファーは頷きながら聞き流した。
「そうか。ちゃんとお礼を言ったか?」
「うん、リリスはお嫁さんだから言えた」
「さすがオレのお嫁さんだ」
あちこちで「魔王様のお嫁さん」だの「だいぶお姉さんになった」だの言われて、多少混じっているリリスはペンを籠の中に戻す。足元でやり取りを見ているヤンは、すでにお菓子を平らげてピヨに突かれていた。どうやらピヨの分まで食べたらしい。
ぶんぶん尻尾を振るヤンに、ピヨが飛び掛っている。
「陛下、そろそろお仕事に戻りましょうか」
お茶の間一度も目を合わせなかった側近の声に、ルシファーは「あとすこし」と悪あがきをする。しかし無言で口元に笑みを作ったアスタロトの、絶対零度の眼差しに凍りついた。
「あ、ああ……そうだな。仕事も溜まってるし……リリスもお勉強の時間だろう」
「今日はダンス覚えるの!」
「一緒に踊ってもらえるのが楽しみだ」
ここ数ヶ月で覚えたカーテシーを披露するリリスの黒髪をなでて、同様にカーテシーをして下がる側近の少女達を見送る。片方の足を引いて跪く時の姿勢を模した挨拶は、女性が行うものとして定着していた。目上の者への挨拶やダンスの前によく披露される。この城内でも、魔王に対して貴族令嬢がみせる所作だった。
護衛のヤンとピヨも後を追い、優雅な所作でアデーレが扉を閉めた。
ドアが閉まった途端、ルシファーは避けていたアスタロトに詰め寄った。
「まさかとは思うが、ダンスの教師は男じゃないだろうな! あの可愛くて可憐なリリスがオレ以外の男の手をとって、踊るなんて許さないぞ!!」
「……男の教師は一人も選んでいません」
剣幕に押されてアスタロトは一瞬無言になるが、記憶を頼りに答えた。眠りにつく前に指示した教師は、全員ベールと詰めた優秀な女性達ばかりだ。あの後変更がなければ、そのまま女性教師達のはずだった。
「よかった」
「ご安心されたなら、書類をお願いしますね」
積み重ねられた書類を指差し、視線をそらそうとしたルシファーの顎に手をかけた。きっちり目を合わせ、アスタロトは笑顔で覗き込む。
「お願い、しますね」
繰り返された2度目の要請に、ルシファーは仕方なく「わかった」と目を閉じて答える。正面から見るのがちょっと怖かったとか、魔王としては言いたくない。
がちゃ。結界を張っていないドアを開いた文官は、驚きの光景に固まる。顎クイをされて目を閉じた美貌の魔王に見惚れ、麗しのアスタロト大公の流し目に慌てて退室した。
「し、失礼しました!!」
数日後、『あの光景は目の保養だった』とうっとり呟く文官から漏れた話が噂となり、城下町ダークプレイスに伝わる。
『何か弱みを握られた魔王陛下が、アスタロト大公に迫られていた』という間違いだが、弱みを握られた件は否定できない……微妙な噂は、街で賭け事をしていたベルゼビュートが「それはないわ」と甘い疑惑を否定するまで広がり続けた。
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