魔王様、溺愛しすぎです!
256. 残酷で非道な手段でした
変化の度合いを記録して、まとめて魔法陣で魔力を加える。再び変化した状態を記録したところで、ぱっと部屋が明るくなった。
「ルキフェル。部屋が暗闇でしたよ」
注意するベールの声に顔をあげ、ようやく室内が暗かったことに気付いた。瞬きしたルキフェルが、小さな身体をぐいっと伸ばす。立ち上がって手を伸ばせば、ベールは迷いなく抱き上げた。
以前のように外で抱き上げてくれることは減ったが、甘えたときはちゃんと甘やかしてくれる。研究資材が並んだテーブルから離れ、来客用のソファに腰掛けたベールの膝の上に座り、疲れた身体を寄りかからせた。頭を撫でるベールの大きな手に、強張った肩から力を抜く。
竜族の視力は他種族の比ではない。わずかでも光があれば、ほとんどは昼間と同じように見ることが出来た。しかし集中力を必要とするため、疲れは蓄積する。
「何かわかりましたか?」
「うん、呪詛の大まかな仕組みがわかった」
何かに夢中になると食事や睡眠を疎かにするルキフェルを心配するベールは、こうして定期的に彼の様子を確かめる。髪を撫で、頬に触れ、言葉を交わして、ルキフェルの疲れ具合を把握していた。
ルキフェルは空中に手を翳して、書棚から取り寄せた資料を開く。
かなり前の勇者が持ち込んだ呪詛が、魔王城の前の丘を穢したことがあった。その際に調査をしたアスタロトがまとめた資料は、かなり詳細に状況が記されている。
「ここの部分が気になった」
子供の指が示したのは、資料の後半部分だった。ベールが読み始めた内容は、アスタロトの推測が入った結論に近い纏めだ。
妬みや恨みという暗い感情を練り上げた魔力に溶け込ませて散らす、独特な手法が用いられた可能性が高いと締めくくっていた。
「妬みや恨み、今回も同じだった。今回のゾンビ達はすべて、生きているうちにゾンビ化されたみたい」
「……っ、そんな怖ろしいことが」
人族により行われたというのか。
生きた存在にゾンビ化する魔法陣を使えば、生きた死体になる。もちろん生き返ることは出来ぬまま、徐々に死んでいくのだ。本人達に自覚がある状態で『生きた死体』になれば、恨みつらみが募り、理不尽な境遇を嘆くだろう。
「うん。だから人族が使った魔法陣に呪詛は組み込まれてない。この効果を知っていたなら、これ以上ないほど残酷な魔術だよ」
魔族を『非情な悪魔』だと罵る人族だが、彼らの考えは魔族や魔物の残虐性をはるかに凌ぐ。
彼らは魔王領に入り込み、城近くの魔物を生きたままゾンビにして送った。殺してからゾンビ化する手間を省いたのだ。
思い返してみれば、遠足の時以外で魔王城周辺にゾンビが現れた際は、必ず人族の魔術師の襲撃を伴っていた。あれは魔法陣を託され、魔物ゾンビを現地調達した魔術師だったのだろう。
知っていればもっと苦しめて殺せばよかったと、後悔したベールが顔を歪めた。
「報告書を作ったから、一緒に行こう」
手を繋いで欲しいと伸ばされた手を握り、ベールは優しい笑顔を取り繕う。内心では歯軋りしたいほど人族を罵っているが、その感情をルキフェルに見せる必要はなかった。
「そうですね。陛下だけでなく、アスタロトも報告を待っているでしょう」
「アスタロト、起きたの?」
研究で篭もっていたルキフェルは、本日のアスタロトの復帰を知らない。驚いた顔に微笑んで、机の上の報告書を拾い上げた。
きっとあの男は、こんな非道を許さない。楽しくなりそうだとベールの笑みが深くなった。
「楽しそうだね、ベール。僕も楽しみ」
似たような思考の持ち主は顔を見合わせ、人族への報復に心を躍らせる。部屋を出ると、窓の外は星空だった。絨毯が敷かれた廊下を移動し、つい1ヶ月前に完成した魔王の執務室兼王妃の教室のドアをノックする。
「どうぞ」
入室を促す声はアスタロトだった。ドアを開くと、右側はリリスと側近達の勉強用の書棚や机が並ぶ。正面から左側はすべてルシファーが積んだ書類に埋もれていた。
「ゾンビの呪詛がわかった。報告書だよ」
ベールの手から受け取った報告書を、大量の書類を避けたルシファーの手に直接渡す。膝の上のリリスは印章で書類に押印中だが、2人に「ロキちゃん、ベルちゃん」と手を振った。両手で持つ重い印章から手を離したため、書類の上にごろんと印章が転がる。
魔王の権威と威光を示す印章も、リリスにかかれば玩具と変わらない。慌てて拾うルシファーが、ほっと息をついて朱肉の上に印章を置いた。
報告書を読み始めたルシファーの横から、アスタロトも書面を確認する。読み進める彼らの表情が一気に曇った。
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