魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

254. 最悪のタイミングでしたね

 数ヶ月経ったらしい。目を覚ましたら釘付けした棺おけに寝かされた上、氷漬けにされていた。何か悪意を感じると思いながら、魔力で氷と棺おけを吹き飛ばす。


 強張った身体を解しながら身を起こした場所は、地下室だった。見覚えがある黒い石造りの壁と、湿ってカビ臭い空気が淀んだ感じは、間違いなく自分の城だ。胸元に置かれていた紙がひらりと舞い、まだ痺れる右手でぎこちなく風を操って受け取る。


『――倒れたところを魔王様に抱きとめられるなんて、情けないですわ』


 辛辣な一言と、見慣れた妻のサイン。溜め息をついたアスタロトは、額を押さえて唸る。まさかルシファーの眼前で倒れるとは思わなかった。城へ戻る主君の後ろをついて、廊下の絨毯を踏んだところで記憶が途絶えている。指摘されるまでもなく情けない状況に、もうひとつ溜め息がもれた。


「最悪のタイミングでしたね」


 視察に行くルシファーとリリスを見送った際、不吉な予感があった。予知能力はないが、ある意味予知に近い直感だったらしい。城門が鳳凰に攻撃された時点ですでに眠っていれば、このような状況にならなかった。言い訳じみた気持ちを封印して立ち上がる。


 鳳凰の再生と同じで、吸血一族の深い眠りは身体や寿命の回復を兼ねていた。他種族より長寿命である彼らの精神をリセットし、気狂いを減らす意味もある。本能に刻まれた眠りから甦り、アスタロトは長くなりすぎた金髪に眉をひそめた。


 寝ている間も伸び続ける髪は、腰の辺りまである。切り落としても魔力が残る髪をそこらに捨てられないため、この場で切り落とした。その上に火を放って完全に燃やし尽くす。


 いつもと同じ肩に触れるぎりぎりの長さに揃えると、鏡で身だしなみを確認した。足元に魔法陣を描いて、魔王城の中庭への転移を始める。


 この後の騒動が予想できてしまい、正直、頭が痛かった。










「ち、違うぞ! ちゃんと仕事してたんだが……人族が攻めて来た昨日だけ処理してなくて……」


 執務室に挨拶に赴けば、広くなった机の上に広がった分だけ書類が積まれていた。あたふた言い訳するルシファーは眠る前と変わらず、仕事を適度にサボったようだ。ベールに状況を確認しないといけませんね。呆れながらも一礼した。


「陛下、眠りに伴う休暇をありがとうございました。本日より復帰いたします」


「ああ、頼む」


「また、私が眠りに落ちた際に支えていただいたと伺いました。お手をわずらわせ申し訳ございません」


「気にするな」


 ここまでのやり取りは理想の上司だ。崩れそうな書類がなければ、さらに理想だっただろう。ひとつ息を吐いて気持ちを切り替えたアスタロトだが、後ろのドアがノックされて声を飲み込む。しかし返答を待たずに執務室のドアは開かれた。


「パパ、ルーシアと………あ、アシュタだ!」


 聞きなれた幼女の声に顔を向けると、成長したリリスがにこにこ駆け寄ってくる。後ろに大型犬サイズのヤンと同じ大きさのピヨがつき従っていた。どんと体当たりしたリリスが、アスタロトの手を掴む。


「アシュタ! もう元気になったの? 明日からお城に来れる?」


「はい、今日からお城にいます」


 矢継ぎ早に質問するリリスの黒髪を撫でて、膝をついた。視線を合わせたアスタロトだが、以前より少し背が伸びたリリスがそのまま抱きつく。背中に殺気を感じて顔を引きつらせたアスタロトの上に、ぼそっと低い声が降って来た。


「リリスに抱き着くとは……永眠したいらしいな、アスタロト」


「返り討ちにしますよ」


 しっかり言葉を返しながら、いつも通りの光景に安堵する。擽ったい気持ちで、付き合いの長い我が侭な主君を振り返った。

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