魔王様、溺愛しすぎです!
247. 住民は娯楽が足りていないようです
ぼやきながら、水蒸気で真っ白な状況に溜め息をついた。リリスはどこを見ても真っ白な風景にはしゃいでいる。今度はぜひ一面の雪野原も見せてやりたいものだ。まっさらな雪に足跡をつける幼女も可愛いだろうと、想像だけで心が和む。
無邪気な娘の黒髪を撫でて、結界の外を風で吹き飛ばした。
蒸気が消えてもマグマの熱は消えないため、風景は陽炎で揺れる。それでも水蒸気を飛ばしたことで、視界はかなり確保された。結界越しでもじわじわと伝わる熱に辟易して、火口の縁まで移動する。背中の翼の付け根が少し痛んだ。
大地に足をつけて翼をしまう。リリスの魔力に同調したことでかなり回復したが、ルシファーの魔力は万全ではない。回復具合は8割ほどで、膨大な魔力を象徴する12枚すべての翼を広げると痛みが走る。この状況で無理をしたツケに、自嘲が浮かんだ。
「ルシファー様、痛みますか?」
気付いたアスタロトが隣に降り立つなり、眉をひそめる。普段は厳しく振舞う側近だが、何だかんだルシファーに甘い。懐かしい気持ちで口元が緩んだ。
「いや、たいしたことはない」
微笑んで答えたルシファーは、アスタロトの手にある荷物に気付いた。結界に包まれた何かを持っている。中でじたばた暴れているのは、鶏より大きい鳥だった。
「それは……」
「ピヨだ!」
リリスが目を輝かせる。不透明な袋に詰め込んだ形になったピヨだが、魔力色で判断するリリスには関係なかった。外からでもピヨが持つ魔力のピンク色が確認できる。
ルシファーの腕から下りて手を繋いだ幼女は、袋状態の結界の上からピヨに触れた。何か感じ取ったのか、暴れていたピヨが動きを止める。じっとしているヒナを何回か撫でると、アスタロトを見上げた。
「ピヨを出して」
「ここで離すと危険ですから帰ってからにしましょうか」
もっともな提案だが、唇を尖らせたリリスは首を横に振った。眉をよせたアスタロトの表情に、ルシファーも言葉を探す。
「お城に帰ろうか、リリス」
結界で熱や毒ガスを遮断しているが、この場所は小噴火や水蒸気爆発を起こしている火口付近である。火山の一番危険な場所に立っているため、出来るだけ早く移動したいと考えるのは親として当然だった。ルシファーの言葉にリリスは繋いだ手を振りながら、不満だと表明する。
繋いだ手を引っ張って、火口を覗き込んだ。氷の半分はすでに解けている。上に氷の蓋がされた状態ならば80年は保っただろうが、穴が開いて空気が供給され、なおかつ底から突き上げるマグマの逃げ道が出来てしまえば、氷はわずか数年で消える。
ベルゼビュートが算出する経済損失も、当初の計算より小さくて済むだろう。
「ヤンが待ってるぞ」
そっと手を伸ばして抱っこする。嫌がるかと思ったが、暴れることもなく首に手を回したリリスが「帰ってもいいよ」と笑った。心変わりの理由はわからないが気が変わる前に、と慌てて転移する。
城門前に姿を現すと、なぜか住民達が集まっていた。門を守る形で入り口に立つヤンから離れて輪を作ったダークプレイスの住人は、誰かを待っている様子だった。
「何かあったのか?」
首をかしげるルシファーの真似をして、リリスも首を横にかしげる。その後ろにアスタロトがピヨ入り結界袋を片手に転移してきた。
「何をしておられるんですか、陛下」
立ち尽くしている魔王の姿に呆れたと滲ませた声へ、住民の声が被った。
「魔王様だ!」
「人族の襲撃だと聞きましたぞ」
「今回も勇者ですかい?」
騒ぎ立てる彼らの言葉をいくつか聞き取ったアスタロトが、不思議そうに呟いた。
「どこからそんな話が?」
住民達を威嚇するわけにも行かず、困惑顔のヤンが「くーん」と鼻を鳴らした。気を引く彼の仕草に苦笑いして、ルシファーが彼の眉間あたりを撫でる。本来の大きな姿で伏せて門を物理的に閉鎖するフェンリルが、身を起こして座りなおした。
すると彼の後ろに隠れていた鳳凰が見える。滅多にお目にかかれない神獣の姿に、住民達はざわついた。朱色の羽を持つ鳳凰は闇の蔓で縛りつけられ、折れた翼の一部は羽根が毟られた酷い有様だ。神々しさの欠片も見受けられない。
「魔王様、もしかして……鳳凰の襲撃ですか」
「そうだ。鳳凰が城の城門を襲った」
隠しても仕方ないので本当のことを口にする。ただ理由の一部を言わなかっただけだが、故意に省いたわけじゃない。聞かれたとおりに答えを返した形だった。
「今回は祭や見物はなしだな」
「お邪魔しました」
残念そうに住民達は声を掛け合って帰っていく。丘の途中まで上がってきていた後続の屋台村にも事情が通じたらしく、皆がUターンでダークプレイスへ戻った。
「なんだったんだ?」
「住民達の最大の娯楽である『勇者一行』がここ2年ほどご無沙汰だった所為かと」
戦い見物がひとつの名物になっていたことを思い出し、ルシファーは「ああ、なるほど」と納得した。そういえば、ここ2~3年はゾンビや単体での攻撃はあったが、正面きって名乗りをあげて戦う勇者戦がなかったのだ。住民達にとっての娯楽なので、鳳凰による攻撃音に期待して上がってきたのだろう。
「気の毒なことをしたな」
苦笑いしたルシファーは、ようやく城門内の鳳凰と向かい合った。
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