魔王様、溺愛しすぎです!
240. 魔王城の城門への攻撃
竜の街を出て、暮れ始めた空を飛びながら眼下の光景に目を細めた。民の暮らしが上向いたのは、よい傾向だ。
予定通り街での買い食いはしたし、リリスに群がる羽虫のような小ドラゴンの駆除も終えた。リリスがくれた小さな花束は、きっちり隔離して封印の中で保管している。サタナキア公爵令嬢イポスを愛娘の専属騎士として得た、という副産物もあった。
今回の視察で得た様々な成果に満足したルシファーは、腕の中ですやすや眠るリリスを見つめる。空の旅は冷えるので、しっかり包んだリリスは毛布に埋もれていた。可愛い寝顔に癒される。
こうしていると、赤子の頃を思い出す。世話の仕方ひとつ知らなかったルシファーが、ここまで育てるとは誰も想像出来なかっただろう。
「陛下、報告があります」
影から生まれるように、暗闇から現れたアスタロトが声をかける。彼が陛下と呼称するのは、仕事で魔王であるルシファーを必要とする場合のみだ。普段はルシファー様と呼ぶのだから。
「急ぎか?」
「はい」
長い付き合いだ。この声と表情で状況を察した。何か魔王としての判断を仰ぐような事態が起きている。
「……戻るぞ」
空中に転移魔法陣を描いた。もう少し視察を楽しめると思っていたが、トラブルなら仕方ない。先に闇に溶け込んだ側近を追う形で、魔王城の中庭に転移した。
雲母の入った銀龍石が転がる中庭に、ベール達大公が揃っている。転移したルシファーへ一斉に礼をとった。
「何があった?」
「城の門が攻撃され、鳳凰のヒナが拐われました」
「ピヨが?」
刷り込み現象でヤンを親だと思い込んだ青い鳳凰の子だ。確かに最近見かけなかったが、燃えて再生した後はヤンを追いかける頻度も減ったと聞いていた。ヤンの仕事場である城門に住み着いたはずだが。
「犯人はわかっているのか」
「鳳凰です」
意味を捉えかねて、内容を反芻する。鳳凰のヒナが鳳凰に連れ去られた?  それは誘拐なのか。
「なんだ、親が迎えに来たのか」
良かったと言いかけたところで、ベールが遮った。青い瞳がいつになく鋭い。
「親の迎えではなく誘拐です。ピヨは襲われ必死に抵抗しましたが、連れ去られました。報告では、大きな傷を負っています。鳳凰の攻撃を受けたヤンも重傷でした」
「ヤンが……」
城門にいるヤンが応戦したのは当然だった。魔王城の入り口で魔族が暴れたのだから、咄嗟に応戦する。ましてや懐いていたヒナを攻撃されれば、役目を抜きにしても戦うだろう。
しかし灰色魔狼が戦う相手として、空を飛ぶ種族は相性が悪い。頭上から一方的に攻撃できる鳳凰に、彼は不利な防戦を強いられたはずだ。
「ヤンの傷は?」
ルシファーの問いかけに、アスタロトは落ち着いた声で応じた。
「治癒が間に合いました。あと少し遅れていたら手遅れになるところでした。暴れるので、今は隔離し拘束しています」
ヒナの親代わりを務めるヤンは、誘拐されたピヨを助けに行こうと暴れたのだ。治癒をしても失われた血と魔力はしばらく回復しない。アスタロトによる影を縛る拘束で、ヤンは動けなくされていた。
「あたくしが気づいて駆けつけたときには、遅かったの」
申し訳なさそうに、ベルゼビュートが唇を噛む。ベールの隣に立つルキフェルが、呟いた。
「僕も感知出来なかったんだ」
それぞれに己を責める配下に、ルシファーは溜め息をついた。腕の中のリリスが眠っていることに感謝する。こんな話は聞かせたくない。
「ぐずぐず悩んでる暇があるなら、ピヨと鳳凰を探せ! これは最優先だ」
命令として告げることで、大公達を自由にしてやる。
「「「「はっ」」」」
武器を手に飛び出すベルゼビュート、ルキフェルは城門へ走った。残された痕跡から情報を集めるのは、分析の得意なルキフェルの仕事だ。ベールは魔物狩りに出た軍の一部を情報収集に使うため、執務室へ戻った。
残ったアスタロトの案内で、ルシファーは城門へ向かう。転移したため通過しなかった門は焼け焦げ、周囲も炎が燻っていた。
煙と焼け焦げた臭いが漂う城門前に、小山のような毛皮が蹲る。その背中は大きく焼けただれ、尻尾の先も焦げていた。
「ヤン」
声をかけると、影を縛られたフェンリルはびくりと震えた。
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