魔王様、溺愛しすぎです!
239. 砕け散る淡い恋心
外で食べ物をもらうときは、必ず同行したルシファーの許可をもらうこと。侍女のアデーレがここ数ヶ月教えてきた成果だ。彼女を害する存在がいないとも限らないので、これはアスタロトやベールも一緒になって教え込んだ最重要事項だった。
「赤い林檎と、オレンジのタルトをもらおうか」
取り分けた侍女が、タルトの周りを生クリームや果物で飾り付けてくれた。満面の笑みでお礼を言ったリリスが、小さく切り分けた果物をフォークで刺す。
「あーん」
最初の一口を分けてくれるらしい。微笑ましいリリスの行動に、ルシファーは普段通り口を開けて受け入れた。侍女達は不敬に当たると心配したようだ。
事実、リリス以外が魔王に対して同じ行為をしたら、不敬罪で側近達に処分されるだろう。リリスだから許される行動であり、ルシファーもリリスだから受け入れた。
「仲良きは幸いですな」
「そなたも息災で何よりだが、公爵は忙しそうだ」
留守にしていると言うドラゴニア公爵の話をすると、老公爵は声を上げて笑った。
「忙しいのは、陛下の居城である魔王城改築工事のお陰ですぞ」
「うん?」
リリスが切り分けたタルトを口に入れたルシファーは、もぐもぐ咀嚼しながら首をかしげる。改築工事と公爵の仕事……因果関係に思い至り、納得しながら紅茶で喉を潤した。
「銀龍石か」
魔王城の外壁は、銀龍石と呼ばれる白い石を切り出して使われる。石切り場は魔王直轄地だが、運搬は竜族が請け負っていた。ドラゴンはプライドが高く、他種族の命令は滅多に聞かない。そのため指揮をとる公爵が不在なのだ。
ドラゴンの強い翼と巨大な石を運ぶための魔力は、絶対不可欠だった。そのため改築工事中の中庭の半分は、銀龍石置き場になっている。
「陛下が城を吹き飛ばしてくれたお陰で、我が一族は活躍の場を得ましたぞ!」
はっはっはと笑う老人に、にっこり笑って真相を教えてやる。
「余の城を壊したのは、魔王妃候補たるリリスぞ」
「はぁ?」
予想外の答えだった。目の前でお菓子を口にしてご機嫌の、孫より年下の幼女があの魔王城を壊した!? 驚きすぎて固まった前公爵の視線がリリスへ向かう。
新しく届いたチェリーの乗ったケーキを口に放り込み、リリスは頬を緩めた。口の端についた赤いジャムを指先で拭って、その指をルシファーが舐める。まだ付いているので、今度は顔を近づけてキスで拭った。
魔王の溺愛ぶりにも驚くが、もっとも堅固と謳われる地脈を利用した魔法陣の上に建つ城を、この幼女が破壊したという発言に声が裏返る。
「……まこと、ですかな?」
「嘘をつく理由があるまい」
くつくつ喉を震わせて笑うルシファーが、意味あり気に老人に鋭い視線を向ける。
「余に匹敵する魔力をもつリリスは、魔王の妻と定まった。そなたの孫には、早々に諦めさせることだ」
こっそりお茶会を覗き見している次期ドラゴニア公爵ラインを示して、ルシファーは意地悪げに言い放つ。見せ付ける為に、隣に座るリリスを膝の上に乗せなおした。
ライン少年が多少なりとリリスに好意を持っているのは、以前から気づいていた。今回も祖父に掛け合って、断られても諦められずにいる。わかりやすく牽制する魔王の態度に絶句した老人を無視して、ルシファーがリリスに声をかけた。
「どれが欲しい?」
「ピンクの!」
桃が飾られたデニッシュを指差す。取り分けて、リリスの口元に運んだ。あーんをして待つ愛娘に食べさせる。竜の番は互いに食べさせ合う習慣があるのを知るルシファーの行動に、老人が苦笑した。
常に他者に傅かれる立場の魔王が、愛し子とはいえ子供の世話を始めたのだ。驚く侍女達は、気遣うように屋敷へ視線を向ける。その先に恋する少年がいると知るルシファーは、彼の恋心を粉々に砕くつもりだった。今後を考えれば当然だろう。
もし彼が諦められなければ、魔王と衝突する未来しかないのだから。
「パパも、あーん」
リリスも上の桃をフォークに刺して、ルシファーの口に入れた。いつも通りの食事風景だが、ライン少年の淡い気持ちを砕くに十分な威力があった。
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