魔王様、溺愛しすぎです!
236. 見つけたら回収の指示
「お食事の支度が整いました」
「ありがとう。行こうか、リリス」
「うん! ありがと、お姉ちゃん」 
ちゃんとお礼を言えたのは偉いが、呼び名はイポスと呼び捨てが好ましい。この場で注意すべきか迷うルシファーをよそに、イポスは微笑んで膝をついた。
抱き上げられたリリスより視線を低くしてから、頭を下げる。きっちり結ったまとめ髪が、昨夜の貴族令嬢然とした雰囲気を一変させていた。
「リリス様、私のことはイポスと呼び捨ててくださいませ」
「パパ、みんな同じ?」
ルーサルカやシトリーを呼び捨てるよう教えたため、同じなのか確かめたリリスに頷く。ちょうど良いので、付け加えておいた。
「リリスは魔族全てを呼び捨てで構わないんだ」
魔王妃であれば、魔王以外に敬称をつける必要はない。ルシファー自身も『様』呼びは不要だと考えるため、リリスが様をつけて呼びかける相手は存在しないことになる。
「わかった」
どこまで理解できたのか。ルシファーの銀の瞳を見つめながら、リリスは素直に頷いた。
イポスの案内で食堂へ向かうと、律儀なサタナキアがドアの前に立っていた。どうも彼の一族は真面目すぎる。忠誠第一のサタナキアは、侍従のように扉を開けた。
本来の彼は公爵家当主なのだが、満面の笑みで給仕まで始めてしまう。楽しそうなので断るのも気が引けたルシファーは、リリスと席に着いた。
「一緒に食べてもいい? パパ」
イポスやサタナキアも一緒がいいと強請る愛娘のファインプレーに、ルシファーは彼らに席に着くよう促す。
「リリスの願いだ、叶えてやってくれ」
恐れ多いと辞退しようとした彼らも、ルシファーの言葉とリリスの期待まじりの視線に負けた。並んで座ると、リリスはイポスが淹れてくれたお茶に手を伸ばす。
仲良く過ごす2人の姿に、顔を見合わせたルシファーとサタナキアは安堵の笑みを浮かべた。
サタナキア公爵令嬢イポスの恩赦と彼女のリリス専属騎士就任を伝えると、アスタロトとベールから歓迎の意が示された。
「我々は魔王城でお待ちしております」
そう言って見送ってくれるサタナキア親子に手を振り、リリスは大好きなルシファーに抱きついた。まだ視察と調停案件が残っているため、2人で次の街へ移動するのだ。
踵を返しかけて、忘れ物を思い出した。
「そうだ! もし魔の森の奥に捨てた魔族のメスを見つけたら、各一族の元へ送り届けるよう、指示しておいてくれ」
魔王妃の地位を狙ってリリスを怯えさせた女をまとめて捨てたことがある。ほぼ同時期に禁錮となったイポスが恩赦になるなら、彼女達も対象になるだろう。
軽い気持ちでサタナキアに告げると、彼は顔をしかめた。
「そう嫌そうな顔するな。もう言い寄るようなバカはしないだろう」
ルシファーのもっともな意見に、渋々ながらも頷く。自分の娘が恩赦となったのだから仕方ないと溜め息をついて受け入れた。
「見つけましたら、保護して送り届けます」
「ああ、その程度で構わない」
ルシファーとて、まだ完全に許す気はなかった。あれだけリリスを怖がらせ、「ママはいらない」と言わせたのだ。本音はまだ放置しておきたかった。
まあ、ほとんどは魔物の餌となり生きていないだろうが。
サタナキア公爵令嬢が恩赦となるのに、他の種族のメスを放置すれば非難の対象となる。だから、見つけたら回収の指示を出した。
逆に言うなら「回収の部隊を出せ」とも「見つけて来い」とも言っていない。見つからなければ見つけなくていいのだ。
魔王の真意をくみ取った、忠実な将軍はにやりと口元に意味深な笑みを浮かべる。意図がきちんと伝わったルシファーは満足げに頷いた。
「任せる」
「はっ! しかと承りました」
リリスは話の間、イポスに手を振って笑顔を振りまいていた。律儀に振り返すイポスは、父に続いて頭を下げる。
「お気をつけて」
見送られた魔王と愛娘は、次の視察先である街へ向かった。
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