魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

234. リリスは騎士の忠誠を受ける

「ここ誰のおうち?」


 ようやく顔を見せたリリスが、きょろきょろと屋敷を眺める。オークを片付けたときは昼間だったが、歓待を受けている間に夜になっていた。そのため月光が降り注ぐ屋敷は少し不気味だ。


 人の気配が薄いのに、明るい。古い石造りの屋敷は鬱蒼うっそうとした森の中にあり、蔦が壁を緑一色に染めていた。風が吹くたびに、壁を覆う蔦の葉がざわざわと音を立てる。


「ここは、オレの別宅だったが……今はサタナキアの娘が住んでるぞ」


「サタナキアのおじちゃん?」


「彼の娘だ」


 話している声に気付いたのか、玄関の扉が開いた。ミルク色と呼ばれるクリーム色系の肌は月光に映え、長い髪は金色をしている。25歳くらいの女性は緑の目を見開くと、慌てて玄関先に膝をついて礼をとった。彼女の頭の上に牛の角が2本並んでいる。


「陛下、お越しとは知らず失礼を……」


「挨拶はよい。部屋を借りるぞ」


 すたすたと近づき、頭を下げて俯いた女性の隣で足を止めた。すれ違うと思っていたらしい彼女は、顔を上げかけて慌てて下げる。


「辛い罰だっただろう」


「いいえ。私の無礼な行いに対し、ここまで寛大な罰はもったいないと感謝しております」


 かつて魅了の魔力を使って、魔物たちを魔王にけしかけた。魅了関係は有用である反面、危険視される能力だ。彼の一族が持つ魅了は異性に対して特定の条件で発動する。しかし娘は魔物や魔獣に対して発動する魅了を有していた。愛娘の将来を案じたサタナキア将軍は、彼女の能力を隠した。


 貴族階級は己の能力を申告する義務がある。それに背く行為は謀反の疑いをかけられると知りながら、最愛の一人娘のためにサタナキアは危険を冒したのだ。しかし娘は己の能力を父に認めて欲しかった。


 互いを思う気持ちがすれ違った結果だが、さすがに魔王を襲った者を罪に問わないわけにいかない。しかたなく選んだ罰が、彼女の禁錮刑だった。魔の森の奥に貴族令嬢が侍女の付き添いもなく、一人で閉じ込められる――他の貴族を納得させるに十分な罰だ。


「サタナキアが来ているのだな」


 部屋の灯りが多すぎる。彼女一人ならば、こんなに沢山の灯りは必要なかった。魔物を呼び寄せる原因となるのに、灯りを沢山用意した理由は……彼女を訪ねた人の存在だ。


「父は……っ」


「咎めていない」


 父親を庇おうとした娘の不安を払拭するため、明確に否定した。じっとしていたリリスが眉を寄せて、ルシファーの髪を引っ張る。


「パパ、この人を苛めてるの?」


「いいや、彼女はもう許されている。だからお祝いをするんだよ」


「よかったね」


 リリスは顔を伏せている女性に声をかけた。やり取りの内容がよくわからなくて黙っていたリリスは、苛めているのかと心配したが、違うらしい。ほっとした様子でルシファーと女性へ、交互に目を向ける。


「陛下! ご挨拶が遅れ申し訳ございません。本日は……」


「挨拶は不要だ。それにしても、本当に似た者親子だな」


 くすくす笑いながら、そっくりな反応をする親子に微笑ましい気分になる。魔の森の奥に娘を閉じ込められたというのに、父親の忠誠は変わらなかった。こっそり会いに行く娘との時間を大切にしたのだろう。落ち着いた彼女も魔王を逆恨みしなかった。


 困惑した顔のサタナキアに、リリスは「今日はお祝いなんだよ」と手を振った。首をかしげるサタナキア将軍が膝をついて礼を取るのを立たせ、ルシファーは大柄で屈強な男の肩を叩く。


「本日この時刻をもって、サタナキアの娘イポスを自由の身とする。連れ帰ってやれ」


「……っ、陛下。それでは他の貴族に示しがつきませぬ」


 サタナキアは一族の象徴である牛の角を震わせた。


「お前の忠誠があってこその恩赦だ」


 素直に受け取れと言い聞かせ、後ろで呆然としているイポスを手招きする。慌てて近づいた彼女に立つよう促し、恐縮しているイポスに提案した。


「イポス。お前の強さは聞き及んでいる。リリスの騎士になる気はあるか?」


「パパ、騎士ってなにするの?」


「リリスを守ってくれる、頼りになるお姉さんだ」


 説明を終えると、イポスがぽろりと涙を零した。泣いている自覚がないのか、大粒の涙が頬を静かに転がって落ちる。


「お姉ちゃん泣いちゃったね」


「そうだな」


 予想外の反応に困惑しているのは、ルシファーも同じだった。まさか泣くとは思わなかったのだ。サタナキア将軍が促すと、ようやくイポスが膝をついた。


「一族の忠誠を魔王陛下に、我が命と技と忠誠をリリス姫様にお捧げします」


 サタナキア将軍の娘であるイポスは、腰のベルトに飾っていた短剣を鞘ごと掲げる。ルシファーが一度受け取り、リリスの手に持たせた。


「リリス、それをイポスに返して」


「うん」


 リリスの小さな手に余る短剣を返す。捧げ持ったイポスが、鞘を抜いて剣身に唇を当てた。それから右手のひらを薄く切って鞘に戻す。


 彼らの一族に伝わる主を定める儀式を見届け、ルシファーはイポスに立つよう促した。


「リリスが忠誠の騎士を得て、サタナキアは娘の誉れを取り戻した。今日は祝いだ」


 その言葉にサタナキアは笑顔を浮かべ、頬に涙の残るイポスへ「おめでとう。しっかり仕えるように」と優しく声をかけた。

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