魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

208. 幼女は約束していなかった

 リリスに授けた魔法陣は、彼女が触れているルキフェルにも適用される。2人は手を繋いだまま、洞窟の手前でルシファーを見送った。


 魔王様の威厳の意味ではどうかと思うが、黒い長衣の裾をちょっと摘んで入っていく。いくら万能結界で防いでいても、腐肉が足元を覆っているので心理的に嫌なのだろう。理解できるルキフェルだが、女性がドレスの裾を摘むような仕草に、やや引き気味で見送った。


「ロキちゃん、パパを追いかけよう」


「え? 待ってる約束したよ」


「リリスは約束してないよ」


 言われて会話をよく思い出してみる。文章も会話も一度で記憶するルキフェルの特技が遺憾なく発揮された結果、確かにリリスは約束していなかった。「待っていてくれ」に対してリリスは頷いていないし「どうして?」と疑問を返していたのだ。つまり納得していない。


 さらに「わかった」と承諾した内容は「ルキフェルと一緒にいる」という部分だけに適用される会話内容だった。リリスに約束の自覚がないのは当然だ。


「でも危険だと言われたし、中は臭いし汚いから」


「パパだけじゃ可哀想だもん。リリスはパパを守ってあげなくちゃいけないんだからね」


「……ああ、うん」


 答えるべき言葉が見つからなくて、迷った末に頷いてしまった。了承を得たと思ったリリスは嬉しそうに赤い瞳を細めて笑い、ルキフェルの手を引っ張る。


「ロキちゃんも行こう」


 この場で、リリスの手を離す選択肢はない。彼女はルキフェル大公より立場が上なので守るべき存在で、さらに命じられたら断れないのだ。アスタロトなら上手に言いくるめるのだろうが、ルキフェルは説得や誘導が苦手だった。


「ベール」


 困ったルキフェルは、自分が使える最強の助っ人を召還する。魔力を込めて糸を繋いだ相手を呼び寄せる召還魔法陣が足元で光り、一瞬で消えた。


「何かありましたか?」


「ベルちゃんだ」


 嬉しそうに笑うリリスが、ベールの手を掴んだ。髪飾りの万能結界がベールにも適用され、なんとか腐臭から逃れる。リリスを真ん中に手を繋ぐ3人は、顔を見合わせた。


「ルキフェル、どうしました? 陛下はどちらに」


「パパはあの中。いまから追いかけるの!」


 屈託なく笑うリリスが、両手をぶんぶんと振る。彼女にとって、あの不気味な洞窟は冒険の一環らしい。気持ち悪いとか入りたくないといった負の感情はみられなかった。ルシファーが先に入ったことが大きいのかもしれない。


「ルキフェル、陛下は何と仰せでしたか」


「ここで僕と一緒に待ってるようにって」


「ですよね」


 リリス大好きすぎてこじらせた魔王が、いくら大公とはいえルキフェルに預けて置いていったのだ。万能結界に包もうが、絶対にあの洞窟の中を彼女に見せたくないはずだ。間違いなく魔物の死体やらゾンビのなりそこないが歩いているだろう。


「ここで待ちましょう、リリス嬢」


「やだぁ」


 即答で断る幼女は、2人を引っ張って移動しようとする。しかし動かない2人に焦れたのか、いきなり繋いでいた手を解こうとした。慌てたルキフェルが繋ぎ直すが、ベールは離れてしまう。


 そして、ベールの目の前から子供達が消えた。


「転移、まさか……そんな」


 あんな幼女が扱える魔法陣ではない。だとしたら魔法か? しかしその痕跡もない。


 リリスの魔力は限りなく魔王に近い。もしかしたら魔力の親和性を利用して飛んだ可能性もあった。


 磁石が引き合うように、親和性が高い魔力同士は引き合うのだ。彼女が特性を理解して利用したはずはなく、ルシファーの隣に行きたいという強い想いで飛んだとしたら……。


 明らかにゾンビの出口に間違いない、腐肉溢れる洞窟を睨みつけ――諦めて肩を落とした。


「仕方ありませんね」


 入りたくないと全身で嫌悪を示しながら、ベールは己を守る結界を少し大きめに張った。覚悟を決めるべく大きく息を吐いて、長身を屈めて洞窟に足を踏み入れる。


 ――不気味な洞窟の奥へ。

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