魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

191. 手ぬるいくらいですよ

 見せ付けるために大きく広げた翼へ飛んできた矢が、直前で結界に刺さる。弓に記された風の魔法記号は、上空に浮かぶアスタロトまで矢を届かせる。やじりに掘られた氷の魔法記号が結界の表面を凍らせた。


「ほう、以前より改良したようですね」


 それでも到底、魔王の側近に届くレベルではない。問題は攻撃に対して無防備な魔族や魔物に通用する武器を、人族が手にしたことにあった。懸念材料を確認しながら、結界の矢を1本収納する。ベール達への土産とするためだ。


 しばらく様子を見るつもりのアスタロトへ、炎の球が飛んでくる。結界に触れると散る程度だが、小型の魔法陣を使用した術に目を細めた。


「やはり滅ぼすなら都からですね」


 まつりごとの中枢となる城があり人が多く集まる都は、魔術師も多く集まっているはずだ。生息数を調整するなら、無力な者を生かして有害な者を減らすに限る。何より、数が多く集まった都を落とせば噂は一気に広まり、牽制として利用できるのだ。


 攻める側も集中した場所を殲滅する方が労力が少なくて済む。合理的に敵の勢力を削ぐ計算を行いながら、人族の抵抗を見ていたアスタロトがようやく動いた。


「炎とは、氷とは、攻撃とはこういったレベルのものを言うのですよ」


 出来の悪い弟子に言い聞かせる師匠のように、穏やかな笑みを浮かべたまま右手を揮う。わざと恐怖を煽るため、右手を持ち上げて振り下ろす仕草に魔法を織り交ぜた。小さな砦の塔を凍らせて砕き、塀の内側に作られた建物に火を放つ。


 逃げ惑う人々を冷めた眼差しで眺めた。彼らに同情する余地はない。諜報を担当する魔族からの報告書も、虐げられた種族からの嘆願書や陳情書もすべて目を通した。


 乾燥した丘で生息できないラミアの種族特徴から、あの湿地帯を彼女らに与えた判断は間違っていない。戦闘能力がほぼゼロである彼女らを守るため、周囲にリザードマンやフェンリルなど戦える種族を配置した。あの頃は人族も緩衝地帯の森を抜けることがなかったため、それで対策は十分だったのだ。


 しかし彼らは不要な知恵と力を得た。ラミアに対して行われた蛮行は、アスタロトやベールをしてなお絶句させる残虐さだった。


 生きたまま女から皮や鱗を剥ぐ。そのおぞましい行為の理由が、死体から剥ぐと肉や脂肪が裏側に残って処理が大変だから……身勝手な理由で、想像を絶する苦痛を味あわせた。


 人族が他種族をしいた傍若無人ぼうじゃくぶじんに振舞うならば、相応の対応をされても仕方あるまい。たとえば同じように生きたまま裂かれても、文句をいう権利はないのだ。


「あなたにしましょうか」


 一人を選び出して指差す。魔法陣に張りつけられた人族の男が、なんとか逃れようと暴れた。助けようと魔法を放つ魔術師もついでに捕獲する。


 魔法陣に囚われた2人に近づき、最初に捕まえた男を無残に引き裂いた。手を使う必要はなく、何者かに命じる必要もない。ただ願うだけで魔法を駆使するアスタロトは、ずたずたに引き裂かれた男の悲鳴に目を細めた。


 まだ細い息を繰り返す獲物は絶命していない。そのために『手加減』したのだから、勝手に死なれては迷惑だった。魔法陣を伝って地上に降る赤い雨を見つめ、興味が失せた獲物を捨てる。地上に落下した勢いで手足が不自然な方角に曲がった。


「ラミア達の無念には少し足りませんが、ね」


 隣の魔法陣で足掻く新しい玩具に近づく。下から飛んできた火の球を指先で誘導する。威力も勢いもそのままに、人族が放った魔法を魔法陣へぶつけた。


「ぎゃああ」


 悲鳴が響き、肉が焼ける臭いが漂う。逃げ回る人々を見ながら、魔法陣を解除した。肉が落ちる音が鈍く響いて、悲鳴や怒号が続く。


「何を騒ぐのやら、あなたがたが我々に行ったことと同じでしょうに」


 溜め息をついて首を横に振る。


「まだ手ぬるいくらいですよ」


 アスタロトの言い分を聞いている人族などいない。誰もが我先にと逃げ出していた。もちろんアスタロトが逃走を許すはずもなく、空間は隔離してある。結界を応用して、この砦ごと囲んでいた。侵入も脱出も、アスタロト以上の魔力がなければ不可能だ。


 仲間の放った火によって生きたまま焼かれる魔術師の呼吸が途絶える頃、アスタロトは新たな獲物を引き裂いていた。わざわざ鋭い爪を使って、バラバラに裂く。


「この魔族がっ!」


 斬りかかった男を、空中から取り出した剣で受ける。真っ赤な手に握られた銀の刃は月光を弾いて、美しい虹色に光った。


 簡単に殺してやる慈悲はない。脆い種族を一息に殺さぬよう手加減して、細心の注意を払う。胸に突きたてた剣を引き抜きながら、男の身を縦に裂いた。手足を切り落とし、血塗れの姿に自然と笑みが浮かぶ。


 ひたすらに苦しんで、己の罪を悔やんで、死ねばいい。この砦にいるのはすべてが、ハンターであり冒険者だ。魔術師も剣士も関係なかった。自分を守る手段のない哀れな弱者を狩り、苦しめ、襲撃して略奪する者達だ。


「魔王陛下のお心をわずらわせた罪は――あなたの命程度であがないきれません」


 鮮やかな返り血を浴びた姿で、嫣然と笑った。

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