魔王様、溺愛しすぎです!
190. お迎えに行こうか
新たな勇者が見つからないため、王宮は志願兵を募って砦を作った。叫ぶ薬草も蛇女も狩れば、薬や素材として役立つ。新たな開拓地を見つけ、次々と人は森へ入っていた。
「魔族だ!」
「魔術師を起こせ!」
騒ぐ砦の物見からの報告に、眠っていた砦の住人が飛び起きる。矢の鏃には簡略化された魔法の記号が刻まれ、突き刺されば敵を焼き尽くし凍らせる。怖いものはないと、男は剣を手に飛び出した。
「思ったより数が少ないですね」
がっかりした顔で呟くのは、宙に浮かんだ魔族だった。月明かりを浴びて白く輝く肌、淡い金髪は腰の下まで届く長さだ。全体に白い魔族は、王族の姫君より整った顔をしていた。
美しいが、その笑みは背筋を凍らせる。風にはためく葡萄色の深い赤茶のような長衣の背に、コウモリの羽が生えていた。
見た目は優男でも、異形の存在だ。
「せっかく魔王陛下のお許しが出たのです。愉しませて頂きましょうか」
心底嬉しそうな赤い瞳に、男は恐怖した。
「パパ、アシュタは?」
「悪い人をやっつけに行ったよ」
誤魔化しても仕方ない。本当のことを少しだけ柔らかくぼかして伝えた。リリスは貰った人形を抱いて手を伸ばす。抱き上げると、ルシファーの顔をじっと見つめた。
「どうして?」
「ボティスの沼も、リリスを脅かした奴らも、みんな人族だ。ここにいるラミアを酷い方法で騙して殺したのも人族だから、やり返す必要があるんだよ」
「違うの! どうしてアシュタだけで行ったの?」
最初のどうしては、アスタロトだけが出かけたことへの疑問だったらしい。言葉を選びながら、ルシファーは説明した。
「魔物や人族の数を減らさないと、ラミアやリザードマンみたいに困る人が出る。オレもアスタロトも彼らを守りたいんだ。昼間はオレが行ったから、今はアスタロトの番だ」
嘘にならないギリギリの答えに、リリスは唇を噛んだ。言わなかった部分を感じたのか、迷いながら視線を彷徨わせたあと、遊んでくれたラミア達を見つめる。
「リリスもいく」
「……さっきみたいに、嫌な奴がいるよ。リリスを睨んだり、攻撃するかもしれない。それでも?」
彼女にとっていずれは通る道だ。早いか、遅いかだけなのだが、ルシファーは今回でなくてもいいと考えていた。
赤子の頃から、ルシファーの結界で攻撃や魔力、敵意からも守ってきた。真綿で包む、その表現に近い守り方をしてきたのだ。周囲の環境も、敵はいなかった。
だから、リリスが最初に敵意に似た感情を受けたのは、保育園でのケンカや非礼なメス共との接触だろう。そして今回の人族による敵意は、彼女にとって衝撃だったはず。
愛されて育ってきた娘が、いきなり殺意にさらされたのだ。直前までボティス達の歓迎を受けていたから、かなり混乱もしただろう。
「うん。だってパパやアスタロトも同じだもん」
「そうか」
微笑んで、リリスの髪にキスを落とす。
「じゃあ、アスタロトも守らなきゃいけないな」
「うん」
リリスの成長が嬉しい反面、手を離れていく寂しさも覚える。
誰であっても助ける対象で、自分だけが逃げる訳にいかない。人の上に立つ魔王や大公の姿を身近にみたリリス自身がそう感じたのなら、まさに親の背を見て子供は育つの言葉通りだった。
望ましいはずなのに、ずっと腕の中で守られるお姫様でいて欲しかったなんて。
「お迎えに行こうか」
口を出さずに見守るラミア達の優しい目を振り切るように、リリスはひとつ頷いた。
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