魔王様、溺愛しすぎです!
188. 傷つけられて癒されて
小さな集落の中央、おそらくは広場として使用される場所に多くの魔物がいる。生き残りを探して建物を壊し、泣き叫ぶ人々を引きずり出す凄惨な光景が繰り広げられた。
崩れた村の住居からは死体となった毒カエルが発見される。毒を抽出して矢の鏃に使う予定で捕獲したらしい。そのため生かしておく必要を感じなかった人族は、すぐにカエルを殺したのだ。切り開かれた哀れな姿を悼み、大地に還すために埋めた。
「ルシファー様がここまでされるのは、珍しいですね」
血生臭い村の中で、まるで穢れを知らぬように純白の人影が佇む。転移魔法陣を消したアスタロトが歩き出すと、怖れを抱いた魔物が道を開けた。真っ直ぐにルシファーの元へ向かえば、腕に抱いたリリスがようやく見える。
ぎゅっと抱き着いたリリスは顔を上げようとしない。どうやら彼女絡みで魔王を怒らせるような言動をした愚か者がいたようだ。
「アスタロト。仕事は終わったか?」
「はい、片付けてまいりました。これから随行させていただきます。陛下」
呼び方を変えたのは、ルシファーが昔の彼に近いからだ。魔王位を継いだばかりの頃は、冷酷さと残忍さが前面に出ていた。
鉄錆びた臭いが漂う村の跡地で、愚かな人族の残骸を前にアスタロトは口元に笑みを浮かべた。
なんて懐かしく、そして望ましい。アスタロトが忠誠を誓った頃のルシファーがいた。誰より強く、厳しく、容赦を知らぬ純白の魔王――。
「リリス、もう城に戻るか?」
「パパも一緒ならいい」
小さな声がぼそぼそと答える。いつもの様子とあまりに違いすぎて、アスタロトは驚きに目を瞠った。そもそもルシファーがリリスを単独で城に戻す判断をするなど、異常事態だ。彼女を守る自信があるから連れ歩いていたのだから。
「なら、オレから離れるなよ」
ぎゅっと言葉の代わりに抱き着いたリリスの背をぽんぽん叩いて宥め、ルシファーが溜め息をついた。
「何がありました?」
「人族がリリスを魔物呼ばわりして攻撃を仕掛けた」
リリスに聞かせないよう、小さな声で説明する。普段のリリスは多少悪戯をして叱られることはあっても、敵意を向けられた経験がない。魔力量が多い種族は得てして気配や敵意に敏感だった。よほど怖かったのだろう。
黒髪を撫でる手に甘えて、ぐりぐりと顔を首筋に押し付ける。この場に現れたのがよく知るアスタロトだと理解しているのに顔を見せないほど、リリスは初めて向けられた敵意に過剰反応していた。
「それでこの状況ですか」
リリスの現状と、村の惨状を同時に指し示したアスタロトが提案する。
「残りは私が片付けましょうか?」
魅力的な案だった。だが、ルシファーは首を横に振る。
「いや、リリス自身が選んだ結果だ。受け止めるしかないだろう」
ここで敵意から遠ざけて守ることは簡単だ。しかし逃げる癖をつければ、リリスと他者の関わり方を歪めてしまう。何かあれば逃げても許されるのは、子供のうちだけなのだ。
魔王妃候補である以上、敵意を向けられても受けて立つ強さが必要だった。
「かしこまりました、陛下。露払いはお任せください」
「任せる」
許可を得たアスタロトが魔法陣を展開する。3人を包んだ魔法陣が光って消えた。
リザードマンの島は騒然としていた。
「ボティス、毒カエルは地に還した」
捕獲された魔物は殺されていたと伝える。彼の領地に住む魔物はリザードマンの管轄だ。残念そうに目を伏せたボティスだが、すぐに感謝を述べた。
「ありがとうございます。地に還ることができ、彼らも救われたでしょう。……姫様はいかがされましたか」
不安そうにボティスが尋ねる。出掛ける前は笑顔でハンカチで包んだ飴を下賜した姫が、顔を見せずに泣いている様子。無礼かと迷いながらも心配が口をついた。
「リリス、ボティスが心配してるぞ」
声を和らげたルシファーの促しに、ちらりと顔を見せる。目元や鼻が赤くなり、泣いたことが一目瞭然だった。心配したボティスは恐る恐る声をかける。
「姫様……大丈夫ですか?」
先ほど賜ったハンカチを取り出す。一族で一番魔法が得意な娘に洗浄させたハンカチを、汚さぬように清めた手で手渡した。小さな花模様が並ぶハンカチを握ったリリスが「ありがと」と小さな声でお礼を言う。
「いいえ、こちらこそ。姫様にいただいた飴は美味しかったです」
ボティスの嘘がない真っ直ぐな言葉に、リリスはようやく泣くのをやめた。しゃくりあげながらも、なんとか笑顔を浮かべる。返ってきたハンカチをポシェットに仕舞う姿に、ルシファーがほっと安堵の息をついた。
「助かった、ボティス。村は滅ぼしたが何かあればすぐに連絡しろ」
了承の返事を聞きながら、愛娘の笑顔が戻ったことをルシファーは心から喜んだ。
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