魔王様、溺愛しすぎです!
187. 穏やかだからキレると怖い
「リリス、絶対にパパの腕から降りちゃダメだぞ」
頷く娘がポシェットから飴の小瓶を取り出した。かしゃかしゃ振るが、最初に入っていた2つから増えない。しょぼんとした顔に溜め息をついて、魔力を繋いでやる。城の中の大きな瓶の残りはもう半分ほどだった。
「もう一度振ってごらん」
見えるように瓶を光らせてから声をかけると、嬉しそうに瓶を振った。リリスの手に収まる小瓶はあっという間に飴でぎっしりだ。蓋を開けてひとつ取り出し、ボティスを手招いた。
「はい、これあげる」
「はっ、恐悦至極に……」
「普通でいいぞ。気楽にしろ、その方がリリスも喜ぶ」
「はい、ありがとうございます」
近づいたボティスの手についた泥に気付いたリリスが、ポシェットから取り出したのはハンカチだった。小さな花模様が散りばめられたハンカチに飴を乗せて、ハンカチごと手渡す。
「お手手拭いて食べてね」
よくアスタロトやアデーレに注意されるリリスは、自分が注意できる立場になったのが嬉しいようだ。大人に近づいたような気持ちなのだろう。にっこり笑ってボティスにハンカチと飴を渡し、自分もひとつ口に放り込んだ。
「ふぁふぁあ(パパは)?」
「ありがとう。お仕事があるから、もう少し後でもらうよ。リリスは皆にちゃんと分けて上げられる優しい子だな、嬉しいぞ」
行儀が悪いと叱るより、優しい娘の行為を先に褒めたルシファーがリリスの髪を撫でる。小瓶をポシェットに仕舞うのを待って、その場から一瞬で転移した。
魔の森との緩衝地帯である森の中に、勝手に作られた集落――この土地も人族が住む領域もすべて、魔王の管理下にある領土だ。
どの種族であれ、他の種族を不当に攻撃したり身勝手な行動を起こせば、罰が与えられる。魔族ならば皆が知っている法だった。
規模はさほど大きくなく、数十人規模の村だ。魔物避けに香木を使った杭が並び、その内側に木製の塀が立てられていた。伐採した木材で建てられた粗末な小屋のような家が十軒ほど点在する。中央が広場として大きく開けられ、井戸もあった。
人が住むのに最低限必要なものを整えた村は、武器を持った数人が警戒に当たっている。そんな彼らの努力を嘲笑うように、ルシファーは広場の中央に転移した。
微小な魔力を持つ人族の動きを探りながら、腕の中のリリスに複数の結界を纏わせる。物理も魔法もすべて弾く結界は、ほぼ万能だった。
「貴様、魔族か!」
「殺せっ」
広場に現れた純白の魔王に、慌てふためいた男達が弓や剣を手にする。外から一瞬で吹き飛ばせる村に降り立ったのは、ルシファーなりの理由があった。彼らに話が通じるなら、この村を放棄させようと考えたのだ。しかし問答無用で斬りかかってきた男を結界で弾き、溜め息をつく。
「魔物でもまだ礼儀を知っておるぞ。なんという蛮族か」
会話も通じない種族と分類し、魔物を狩る冷酷な一面が顔を覗かせた。少し魔力を高めるだけでいい。苦しまずに殺してやろうと考えたルシファーだったが、次の一言が彼らの命運を変えた。
「子供がいるよ!」
広場のはずれで叫んだ年配の女性に対し、武器を構えた男は叫び返した。
「赤い瞳の子供は不吉だ、魔物だぞ!」
ぶわっと毛が逆立つ。全身が冷たい氷で逆なでされたような怒りが込み上げた。高めた魔力を呼び水に、怒りの感情で制御から外れた魔力が一気に噴出す。
「余の妻となる娘を……魔物と罵るか」
銀の瞳が鋭い刃と化して男を貫く。息の詰まった男が喉を掻き毟りながら転がる様を見つめ、その整いすぎた顔に残忍な笑みを浮かべた。
「よかろう、退かせる意味もない。滅びよ」
「ふぁふぁ……ほほおあぃ(パパ、ここ怖い)」
飴で口が塞がったリリスがぎゅっと抱きつく。ルシファーの魔力ではなく、人々の蔑むような眼差しに驚いたのだろう。困惑した顔でルシファーの首筋に顔を埋めた。白い髪や袖がふわりと魔力に煽られて浮かび、幼い姿を包む。
魔力に呼び寄せられた魔物が近づいていた。力がすべての魔物において、命じる強制力を帯びたルシファーの魔力に逆らう術はない。駆けつけた魔物は様々な種族が混じった中規模の群れだった。オークやゴブリン、オーガ、トロールと凶暴な種族が村を囲む。
「お前らにくれてやろう」
退けばよし、退かねば風で切り裂いて終わりにする予定だった。死んだ後は魔物が片付けてくれる。
弱肉強食を旨とする魔物や魔族であっても、惨殺を好むのは若い者が多かった。長く生きた魔族ほど穏やかな面を見せるが、実際は違う。穏やかだから長生きしたのではなく、歳を経て角が取れただけの話だ。
本来の性質は、残忍極まりない。それは魔王を筆頭に、大公や公爵家など長寿の上位貴族すべてに当てはまる傾向だった。高まった魔力に中てられた魔物が狂ったように村を襲う。半狂乱の魔物は香木の杭を物ともせず、一気に小さな村を制圧した。
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