魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

185. リザードマンの沼地訪問

 4年前に人族の砦を落としたときは、魔王の接近を印象付けるために空を飛んだ。わざわざ目の前に出て「魔王だ」と名乗りを上げて、攻撃を受けてから反撃する。面倒な手順を踏んだものだ。それもこれも、あの時点で勇者の存在が不明だったからだが……。


 転移魔法陣でリリスと飛んだ先は、リザードマンの長であるボティスの住む島だ。この島がリザードマンにとっての城であり、権威の象徴だった。地面に刻んだ魔法陣は、銀の光を放ちながら浮いている。


「久方ぶりだ」


 声をかけられたリザードマンの戦士は驚き、慌ててひれ伏した。すぐに騒ぎを聞きつけたボティスが駆け寄り、気付いたら島の住人ほとんどが膝をつく状況を経て現状に至る。仰々しいのが苦手なので、気軽にするよう声をかけたが、義理堅い種族なので立ち上がろうとしなかった。


「パパ、あの人うろこいっぱい! すべすべで硬そうね」


「そうだな、リリス。でも人を指差しちゃダメだぞ」


 手を繋いだ幼女が無邪気にリザードマンを指差す。驚いているだけで悪気のない言葉なので、彼らも笑って頷いた。そっと指先を握りこんで失礼な行為をたしなめる。


 そこにリリスの発言が続いた。


「この人に触ってもいい?」


 ふんわりフレアスカートのワンピース姿のリリスは、手を繋いだルシファーに尋ねる。今日は汚れることを想定して、艶のあるチョコレート色を着せた。首に小さなピンクの宝石がついたネックレスを飾り、同じ宝石がついた髪飾りにピンクのリボンを巻いている。


 アスタロトセレクトのワンピースは「汚れが目立ちにくく、彼女の白い肌を際立たせる濃色で、上品さが感じられるもの」らしい。ウエストと裾だけ金の刺繍が施されていた。よく見ると防汚と守りの魔法陣の図式を簡略化した刺繍だ。これなら汚れる心配は不要だった。


「ちゃんとお願いしてから触らせてもらえ」


「わかった……鱗に触っていい?」


 髪飾りやリボンを絡めただけで結んでいない黒髪を撫でて、しっかり釘を刺す。いきなり他人の身体に触れるのは失礼な行為だった。種族によっては毒の皮膚を持つ魔族もいるため、事前に触れてもいいか尋ねる癖をつけさせる必要がある。


「姫様のご随意ずいいに」


 丁寧に頭を下げて敬う姿勢を見せるのは、ボティスが『リリス姫は魔王妃候補』だと知っているためだ。魔王に対するのと同じ言葉遣いで、少し近づいてリリスが手を伸ばすのを待った。


 しかしリリスは首をかしげ、小さな声で尋ねる。


「パパ、ごずいいって何?」


「リリスの好きにしていい許可だ。触っていいぞ」


 脇に手を回して抱き上げ近づけると、リリスは怯える様子なく手を伸ばした。そっと触れて撫でてから、嬉しそうに頬を緩める。また撫でて、ルシファーを振り返った。


「滑々して冷たくて気持ちいい!!」


「良かったな。ちゃんとお礼を言うんだぞ」


「うん、ありがとうでした」


 抱いていたリリスを魔法陣に下ろすと、ボティスに向かい頭を下げる。しゃらんと髪飾りが揺れた。途端にリザードマンが一斉に頭を下げる。見守っていた彼らの律儀な態度に苦笑いしたルシファーが、ようやく本題に入った。


「陳情は受け取った。荒らされた沼地まで案内してくれ」


「では私がご案内します」


 立ち上がったボティスが先に立つ。彼らの手足には水かきがついており、沼地でも簡単に身体が沈まないように出来ている。しかし魔王を含めほとんどの魔族は、沼に足を入れたら抜けなくなるだろう。翼を広げて飛ぶ形で後ろについていくことにした。


 抱っこされたリリスは、リザードマンに触れた手を不思議そうに眺めている。


「どうした?」


「この人はリリスと違う肌でしょ? なんで?」


 他種族との違いに興味が湧いたらしい。良い傾向だ。王妃候補である以上、城の中で礼儀作法だけ覚えた貴族令嬢として育てても役に立たない。いざというときに魔王の代行を行う権限をもつ存在だから、当然ながら他種族を理解して受け入れる土壌が必要だった。


「彼らはこの沼地に住んでいる。鱗の肌は、水がたくさんある場所で暮らすのに必要なんだ。ボティス、ちょっといいか?」


「はい、陛下」


 振り返った彼の手を取ると、恐縮したように顔を伏せてしまう。そんなボティスの泥がついた手をリリスに見せた。


「ほら、水かきがついているだろう。指の間のひらひらした部分だ。これがあるから、彼らは沼に沈まないで歩けるんだぞ。住む場所に合わせて、魔族はみんな違う特徴がある。……ありがとう、ボティス」


「いえ、汚してしまいました」


 説明に頷くリリスを確認して、ボティスの手を離す。慌てて彼は布を取り出してルシファーの手を拭こうとした。泥で汚したと気にしたのだろうが、それに首を横に振って否定する。


「大丈夫だ。気にするな、沼地に来て泥がつかないはずがないんだから」


 言い切ったところで、リリスが「触っても平気?」とボティスに声をかけた。驚いた顔をする彼が頷いた首の動きを待って、リリスの白い手が泥だらけのボティスに触れる。手の水かきを摘んで離し、今度はそっと撫でた。


 くすぐったいのか、ボティスの肩が震える。


「ありがと! 水かきって薄いのに凄いのね」


 にこにこ笑うリリスの天真爛漫てんしんらんまんさに、ルシファーもボティスも笑顔を返した。


 通常は嫌われることが多い外見への予想外の反応に感激したボティスが、「リリス姫様がいかに魔王妃に相応しい素晴らしい方か」を仲間に力説したため、リザードマンが周囲の魔族に吹聴して歩くのは、また後日の話である。

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