魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

163. 銀食器の曇りは心の曇り?

 残るはヤンと自分の分だと浮かれるリリスだが、ルシファーは歩きながら「何か忘れてる」と呟いていた。視線を流した先に庭があり、造園担当のエルフ達が忙しそうに花を手に走っている。


「あっ!」


 声と同時に足を止めたルシファーを、リリスはきょとんとした顔で見上げる。慌ててしゃがみこんで、リリスに説明を始めた。


「さっき、お外で食べる話しただろ。ヤンやアデーレも一緒に」


「……どうしよう、リリス…渡しちゃった」


 泣きそうな顔をするリリスの籠から、ヒナが顔を覗かせ、ぴーぴーと餌をせがむ。なんだか癒される光景だとほっこりしながら、リリスを抱き上げた。


「我が君、どうされるので?」


「決まってるだろ、アスタロトやアデーレがまだ食べてなければ誘えばいいんだ」


 甘い物好きなルキフェルとベールはもう食べた頃だろう。もしかしたら書類の鬼であるアスタロトはまだ手をつけていないかも知れないし、アデーレだって片付けに追われている可能性があった。


 早足で廊下を突き抜けて、現在地から近いアスタロトの執務室をノックする。返事がない。ノックする、やっぱり返事はない。気配や魔力はあるのに? 


「居留守とは上等だ」


 勢いよく扉を開いて飛び込むと、口元に手を当てたアスタロトが机にうつぶせていた。何か書こうとした右手はペンを持っているが、紙に残された文字は「き」一文字だけだ。逆に左手はスプーンを持ち、プリンはまだ半分以上残っていた。


「アスタロト?」


「パパ、アシュタはおねんね?」


「……たぶん」


 どう見ても殺人現場のダイイングメッセージ作成中だが、まあ彼は魔力も強いし平気だろう。疲れすぎて寝ているのかもしれない。最近かなり仕事を押し付けた記憶のあるルシファーは、見なかったことにして廊下に戻った。


「お昼寝中のアスタロトはそっとしておいてあげよう。いいね、リリス」


「うん、アシュタはお昼寝だからアデーレといく」


 聞き分けのいいリリスを褒めながら、彼らは階下の調理室へ向かった。アデーレの気配が調理室に残ったままなのだ。たぶん後片付けをしているのだろう。あたりをつけて顔を見せれば、イフリートと床や机の上を拭いている彼女が振り返った。


「あら……陛下とリリス姫。ヤン殿も、いかがなさいました?」


 籠の中で無視され続ける青白いヒナが暴れている。ようやく籠に閉じ込められたヒナに気付いたリリスは、手を入れてヒナを撫でた。


「いや、一緒に庭で食べようと話していたのに忘れてしまって、今更だが誘いに来たんだ」


 するとアデーレがリリスに視線を合わせて微笑んだ。


「あのね、お迎えにきたの!」


「そうでしたか。ありがとうございます。プリンはまだ食べておりませんから、ご一緒させていただきたいですわ」


 片づけを優先した彼女は、自分の収納空間にプリンを一時的に保存したらしい。取り出してプリンを見せると、手早く銀のスプーンを3つ用意した。


「アスタロト様もご一緒ですか?」


 同じ一族出身だからか、彼女はアスタロトに対してだけ「様」と呼ぶ。他の大公には「閣下」をつけて呼ぶため、同族の幼馴染特権だと前に話してくれた。


「アシュタは寝てるの」


「寝てる、ですか?」


 仕事時間中に彼が寝るなど考えにくい。そんなアデーレに、苦笑いしたルシファーが付け足した。


「誘いに行ったんだが、机に俯せで休んでたから……そのままにしてやろう」


「はい、それでは参りましょうか。リリス様」


 左手にルシファー、右手に籠……少し迷ったリリスは後ろのヤンへ籠を差し出した。中にいるヒナごとヤンに託すと、空いた手でアデーレの手を握る。ちらりと視線で相手の表情を窺ってしまうリリスが可愛くて、ルシファーは内心でこっそり悶えていた。


 一方、アデーレは嬉しそうに頬を染めて「かわいいはせいぎ」と何度も呟く。何かのまじないのようである。でれでれの大人を従え、リリスは嬉しそうに両手の間にぶら下がった。


 前に街中で獣人の子が両親相手に遊んでいたのだ。羨ましかったが、いつもルシファーの腕の中にいたリリスは我慢して言わなかった。でも今ならいいだろう。


 体重をかけてぶら下がると同時に、両側の2人は顔を見合わせて腕を持ち上げた。魔族は筋力が高い種族も多いので、重さは気にならない。そもそもリリスは同年代の子供にくらべて軽いし、小さいのだ。


「ぶらーん」


「このまま行くか?」


「うん」


 目を輝かせるリリスは足を小さくまとめて、ぶらぶら揺れながら運ばれていく。微笑ましい子供の姿に、すれ違うドワーフやガーゴイルが手を振ってくれた。振り返せないリリスは、代わりに満面の笑みで応える。


 中庭は石材が片隅に寄せられ、半分ほどが庭として整えられていた。リリスの好きなピンクと白の薔薇が植えられた花壇の近くにあるベンチへ、そっとリリスを着地させる。


 アデーレに視線で「大丈夫か」尋ねると、彼女は「ぜんぜん平気です。可愛いですよね」と小声で返してきた。同意見だと頷いたルシファーが、リリスとヤンの前にプリンを置く。アデーレも自分の分を取り出すと、スプーンを手に待つ。


「リリス、最初にどうぞ」


「うん! いただきます」


 銀のスプーンが掬ったプリンを口に運ぶ。甘い香りにリリスの頬が緩んだ。もぐもぐ動く口を見ていたアデーレが、ふと気付いた。銀食器が……くすんでいる?


「へ、へいか?」


 アデーレの強張った声と、視線の先にある銀のスプーンが曇った状態にルシファーが青ざめた。

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