魔王様、溺愛しすぎです!
139. このままでは使い物になりませんよ
そして……臨時テラスの櫓に近い控え室で、魔王ルシファーは青ざめる。完全な二日酔いだった。昨夜の騒動が尾を引いて、結局ほとんど寝られなかったのだ。
ソファになって主君を包むヤンは申し訳なさそうな顔をする。時折ルシファーが吐きそうになると、主君を放り出して逃げ、また戻ってソファになる行為を繰り返した。要はケロッとした際のあれこれを被りたくないだけである。
ふわふわの毛玉に寄りかかり、左腕に愛娘を抱いた魔王の右手には紙袋が握られていた。そう……言わずと知れた二日酔い専用紙袋である。用途はご存知だろう。
「陛下、まだ気持ち悪いのですか?」
自分が原因のくせに、飄々とした顔で心配して見せる側近が水を差し出す。魔法でアルコールを分離すればいいのだが、ルシファーは以前に分離で大失敗をした。トラウマに近い感覚で、分離に関する魔法や魔術には手を出さない。
大失敗の内容をよく知るから、アスタロトもこの罰を選んだのだ。ワインを飲んだリリスに焦った際に、分離をためらったのも、過去の失敗が原因だった。分離しちゃいけないものを分離したトラウマで、自分自身にも魔法陣を使わない程だ。
「……またアスタロトを怒らせるとは、本当に命知らずな」
呆れ顔のベールが、紙袋に顔を突っ込むルシファーの背を叩きながら声をかける。人形を横に置いたリリスが、ベールの真似をしてルシファーの背を叩いた。ぎりぎり吐けなかったルシファーが青ざめた顔で「ありがとう」と細い声を出す。
「ルシファーは懲りない」
容赦ないルキフェルの追い討ちに、着飾った面々は顔を見合わせた。今日はそれぞれに晴れ衣装である。主君であるルシファーの妻が決まるとあって、貴族には民族衣装か一級正装での出席が言い渡されていた。
水色の短髪に髪飾りをつけたルキフェルは、中華風の衣装だ。深い紺色の服は生地全体に細い銀の糸で刺繍が施されていた。飾り紐も銀色で統一し、品のいい装いだ。
「しょうがないわ、ルシファー様って3歩で忘れるんだもの」
自分の賭け癖を棚にあげて笑うベルゼビュートも、開いたドレス胸元に大きなルビーを飾っていた。ピンクの巻き毛をハーフアップにして、前髪を小さなティアラで留めている。ワインレッドのドレスは華やかさより重厚さを優先したのだろう。白い肌を引き立てる濃色のドレスは深いスリットが入っていた。
「……お前ら、何気にひどい」
アスタロトから受け取った水を飲み干し、ルシファーは盛大に嘆いた。可愛いリリスは豪華なドレスに包まれて、人形のように毛玉の上に座る。桜色のドレスに散りばめられた宝石は、驚くほど高額なものばかりだった。黒髪に銀のティアラがよく似合う。
ベールもアスタロトも黒系の裾が長い正装姿だ。ベールの長い銀髪はゆるやかに結い上げられ、ルキフェルと同じデザインで金を使った髪飾りが涼やかに揺れる。金髪を後ろで結んだアスタロトも、瞳の色に合わせた赤い珊瑚の簪を飾っていた。
「このままでは使い物になりませんよ」
「仕方ありません。酒精を抜いてしまいましょう」
顔を見合わせた2人は表情を和らげる。アスタロトの白い指が伸ばされ、ルシファーの中に残る酒を少量の魔力と一緒に取り除いた。やっと楽になったルシファーが、ほっと一息つく。
「助かった」
自ら飲んだ酒はある程度平気なのだが、血に直接流し込まれたアルコールがきつかった。これからは叱られないように気をつけよう。守れもしない決め事を増やすルシファーは、やっとリリスを近くに引き寄せた。
侍女のアデーレが着せたドレスを汚さぬよう、少し離れた場所に座らせていたリリスだが、顔色がよくなったルシファーの額に手を触れた。熱を測るようにしていた幼女の手が、そのまま首筋に回される。飛び込むように抱き着いたリリスが頬ずりした。
「パパ、げんきになった?」
「ああ、ありがとう」
先日外して叱られた髪飾りを7つも装着した重い装備で、娘のダイブを受け止める。薄く化粧を施したリリスの額にキスをしたところで、ベリアルが呼びに来た。
「陛下、閣下方。お時間でございます」
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