魔王様、溺愛しすぎです!
123. パパを傷つけた!
ルキフェルは竜族出身で魔力量が豊富だ。魔力感知に優れた才能を見せる彼は、繊細な魔力操作も難なくこなした。ルシファーと付き合いの長いベールは、慣れた魔力同調を行いながらルキフェルの体調を気遣う余裕がある。
ほとんどのゾンビが消え、ぽつりぽつり数匹残るゾンビをアスタロトが処理していた。ゾンビの悲鳴や呻きが響く戦場を見下ろし、惨憺たる有様の光景に溜め息をはく。城門前の丘は小さな野花が咲き乱れるお気に入りの散歩コースだったのに、今では悪臭漂う荒地と化していた。
「……散歩はしばらく無理か」
中庭で我慢しよう。石材とか積んであるけど……そんなルシファーの呟きに、ベールが苦笑いして頷く。ルキフェルは疲れたらしく、目を擦っていた。
首に手を回したリリスは、この状況でうとうとしている。悪臭も気にせず寝息を立てる娘の黒髪を撫でながら見上げた空は、三日月が鋭い先端を突きつけてきた。黒い雲が動いて、三日月の中央を隠すように流れる。
「いやな天気だ」
「魔王、しねっ!!」
突然襲い掛かる矢と声に、ルシファーが右手を翳した。右手のひらを突き刺した矢に表情ひとつ変えず、握りこむ形で矢を折る。赤い血が滴るが、左腕で目を見開くリリスが無事だったことに安堵の息をついた。
こちらに向かう矢の射線上にリリスがいると気付いた瞬間、考えるより先に右手を盾にしたのだ。今までのルシファーの周囲は、強大な結界が当たり前のように展開されていた。ふいをついた攻撃だろうと、無意識に防いできたが……今の魔王に使える魔力はゼロに等しい。
「…っ、パパっ……」
じわりと赤い目に涙が滲み、しゃくりあげるように息を吸ったリリスが顔を歪める。ぽろりと落ちた涙を拭おうとした右手は真っ赤で、躊躇ってローブの端でリリスの頬に触れた。
「リリスはケガしていないか? どこも痛くないよな?」
防いだ矢はリリスまで届かなかった。矢に魔法も付随していなかったから、彼女にケガはないはずだ。それでも泣き出した娘に驚いて、ルシファーは慌ててリリスの身体を確認する。
「陛下、おケガを…!」
ヤンの放った風の矢が、ゾンビに隠れて城門までたどり着いた賊を貫いた。倒れる敵に止めを刺すアスタロトの剣が虹色の光を放つ。
ベールが治療のための魔法陣を作り出し、慌てたルキフェルは城門全体へ結界を張った。ゾンビを片付けた城門の上に攻撃を仕掛けられることは想定外で、油断していたと言わざるを得ない。しかしベールとルキフェルの魔力は弾かれた。
ルシファーを中心に強大な魔力が渦を巻く。純白の髪を巻き上げる魔力が城壁にヒビを入れ、丘の上に雷を呼んだ。上空の黒い雲が急速に広がり、地上に降り注いでいた月光が消える。
パチンっ! 城壁の表面に走った雷が音を立てた。
「パパを傷つけた!」
叫んだリリスの声に呼応する形で、大地に雷が突き刺さる。制御できない魔力が、誰彼構わず襲い掛かろうとしていた。
「落ち着け、リリス。パパは大丈夫だから……息を吸って吐く……ほら、大丈夫だ」
以前に魔王城を吹き飛ばしたのと同じ種類の魔力は、腕の中の幼子から発せられていた。リリスの赤い瞳は見開かれ、ぼんやりと精彩を欠く表情が抜け落ちた人形のようだ。自身の魔力が使えない今、リリスの魔力を上から押さえつけることは出来なかった。
反発すれば逆凪が起きる。ここが城門の上ではなく、後ろの敷地内だったら……地脈の魔法陣は再び彼女を攻撃対象と判断しただろう。痛む右手を見えないように隠し、涙に濡れたリリスの頬に頬を押し当てる。
「リリス」
名を呼んで意識を引き戻す。ぼんやりと視線を合わせたリリスの目を覗き込み、穏やかな普段どおりの声で語りかけた。
「パパの可愛いリリスに戻っておいで」
「パパ…」
ゆっくり瞬きした、赤い瞳が急速に鮮やかさを取り戻す。潤んだ目が瞬きすると、大粒の涙が零れ落ちた。小さな口が呼んだ声がかすれて届く。
「よく我慢できたな、リリス」
ちゅっと音を立てて頬にキスすると、リリスは首を竦めて笑った。まだ頬は涙に濡れているが、彼女の意識が戻った今、魔力の暴走は食い止められるはずだ。
しかし周囲に吹き荒れる魔力が収まる様子はなかった。
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