魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

98. 親の顔を見ると安心します

 リリスは困惑していた。知らない女の人がたくさん現れて、次々と手を握ったり頭を撫でたりする。優しくされるのは好きだが、彼女らの周囲を黒い靄が覆っており、気持ち悪さと恐怖が先にたった。


「リリスちゃん、こっちにおいで」


「あなたもママが欲しいでしょう?」


 様々な声をかけられるが、どれも気持ちが悪い。怖くて後ろに下がると、ミュルミュール先生に抱き上げられた。この手は怖くない。ぎゅっと抱き着いて顔を隠す。ぽんぽんと背を叩かれると安心した。


「保育園の敷地内へ、勝手に立ち入られては困ります」


 丁寧に応対しながら、ミュルミュール先生が「出て行け」と遠まわしに告げる。しかし『魔王の嫁』という価値に目のくらんだ未婚女性達の勢いは激しく、退しりぞく様子を見せない。それどころか園長であるミュルミュールの手から、リリスを奪おうとした。


 魔王ルシファーがリリスを溺愛し、常に連れ歩くほど可愛がっている話は、魔族なら知らない者がない。幼いリリスを利用すれば、ルシファーの妻の座を得られると短絡的に考える者が出るのも当然だった。事実、リリスが強請れば、相手の女性を好きでなくても頷くかも知れない。


 リリスに伸ばされた手を掻い潜って逃げるミュルミュールの表情が変わった。優しい笑顔はそのままなのに、目元に恐怖を滲ませる。気付いて下がった者は助かったが、近づいた者達は大地を突き破った木の根に締め上げられた。


「「「きゃー!!」」」


「下がるよう忠告しましたよ」


 突然の豹変に、職員の先生達が震える。危険を回避するため体育館へ集めた子供達を、裏口から親に引き渡していたガミジンは、怖ろしい光景に歯の根が合わない。がちがち音を立てる歯を押さえられず、震えながら座り込んだ。


 樹人族ドライアドが森の番人といわれる理由のひとつに、森の木々を操る能力がある。木々の根は近くの魔の森から伸びたのだろう。リリスにたかった内面の醜い女性達を拘束した太い根が、敷地外へ彼女らを放り出した。


 年長の部屋から飛び出したルキフェルが状況を把握し、怒りに魔力を高める。


「僕の前で、リリスを誘拐しようとするなんて……」


 呟いたルキフェルが、大きな魔法陣を玄関へ向けてはなった。玄関のあたりで侵入者を防ごうとするドライアドが操る根は、ルキフェルの魔力を吸収して急成長する。数倍の太さと大きさになった根が、うねる様に複雑な籠を作った。


 保育園全体を包めそうな大きな根は、触れた侵入者を弾いている。強大なルキフェル大公の魔力による結界魔法陣を前に、彼女らが諦めるのは時間の問題だった。


「大丈夫? リリス。近寄れないように結界張った」


「うん。ありがと……」


 頷いたリリスに、ルキフェルが近づいて撫でる。さきほどの女性達に触れられた気持ち悪さが、嘘のように消えた。


 大量の木々を操って疲れたのか、ミュルミュール先生はへたり込むように座ってしまう。腕の中で抱かれたままのリリスが、ミュルミュール先生の頭を小さな手で撫でた。


「先生もありがと。リリス怖かった」


「大丈夫ですよ、ご家族以外に子供達を渡す気はありません」


 にっこり笑った園長先生に、リリスは笑顔で抱きついた。裏口から次々とお迎えが来る子供達は、心配そうにリリスへ手を振りながらも親に連れられて帰っていく。ずっとミュルミュール先生に抱き着いて離れないリリスが、ぴくりと顔を上げた。


「パパ!」


「魔王様がお見えですか」


 守りきった安心感に笑みが零れたミュルミュールの手を引いたリリスは、裏口ではなく中庭へ向かって歩き出した。庭に浮かんだ魔法陣から、アスタロトとベールを従えたルシファーが現れる。さすがに外の騒動の中を歩いて迎えに来るわけにいかず、側近の提案で『掟破りの転移送迎』を試みたのだ。


「無事か!? リリス」


 担任のガミジンではなく、園長のミュルミュールの手を握るリリスがぽろりと涙を零した。くしゃっと顔を歪ませて、足を止める。そのまま泣き出してしまった。

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