魔王様、溺愛しすぎです!
93. 愛娘の暴走に考えさせられる
「ベルゼビュートから報告があり、魔物を操った犯人が見つかりました。驚きですよ」
もったいぶった側近が差し出した報告書を手に取り、犯人の名前に目を瞠った。確かに意外な人物だ。公爵位にいる彼が、己の一族の存亡をかけてまで動くなど……考えにくい。
「サタナキアか」
将軍として魔王軍の一翼を担う実力者らしからぬ手段だった。正々堂々正面から戦いを挑むタイプだろう。魅了を操る一族ではあるが、彼が使う姿は見た記憶がない。そもそも彼の能力とは女性を従わせる魅了だった。本来と違う使い方で魔物を操ったのか。
唸ったルシファーの様子を観察していたアスタロトが別の書類を示した。
「こちらが追加資料です」
「ああ……なるほど」
サタナキアには愛娘がいる。溺愛する娘は自らが女性だったためか、魅了の力を受け継いでいないとされてきた。しかし……今回の騒動で調査に赴いたベルゼビュートの見立てによれば、娘の魅了は低級の魔物や魔獣に対して効果が高い。
今回の騒動を引き起こしたのは――サタナキア本人ではなく、彼が溺愛する娘だった。同じようにリリスを溺愛する魔王ルシファーは複雑な感情を押し殺す。
「一番の問題は、彼女の能力をサタナキアが隠していたことです」
「隠してた?」
「ええ、200年ほど前に気付いたそうです。魔獣や魔物を操る能力は危険視されると考え、サタナキア将軍が隠匿を指示しました。それを不服とした娘は、魔王を倒せば実力を認めてもらえると暴走したようです」
サタナキアも知らずにいたのならば、仕方ないと言えた。娘の魅了が自分と違えば気付かなかった可能性もあるだろうと見逃してやれる。しかし……これほど危険な能力を秘密にしたとなれば。
「謀反の準備である、と諸侯がいきり立っております」
厄介なことになった。
溜め息をついたルシファーの足元へ、とてとて歩いてきたリリスが抱っこをせがむ。抱き上げて膝の上に座らせると、手に持っていた大量のリボンを白い髪に結び始めた。やっと覚えたリボン結びを試したいのだろう。次々とリボンを付けていく。
「サタナキアの忠誠は疑わないが、娘をどうするか」
将軍として2万年近く働いた彼の功績は揺るぎない。彼を罰することはしたくなかった。しかし今回のルシファー襲撃事件は知れ渡っている。ヤンが呼び寄せた魔狼やコボルトの口から、ダークプレイスや魔の森の住民達に広まった。いまさら噂を打ち消しても遅い。
「リリスと同じ立場、そう思うと厳罰はちょっと……」
信賞必罰は弱肉強食の魔族をまとめる上で、絶対の掟だ。ルシファーの勝手な考えで捻じ曲げた前例を作れば、またルールを守らない輩が出るだろう。魔族全体の結束が緩んでしまう。
「甘いですが、それがあなたですからね。禁錮あたりが妥当では?」
妥協案を提示するアスタロトは苦笑いしながら、魔の森の一角を指し示した。そこは森の最も北側にあり、ドラゴンも滅多に近寄らない辺境だ。魔獣や魔物も少なく、寂しい場所だった。
「ここに放棄された館があります。娘はこの館に暮らすことを罰とします」
「軽いと苦情がでないか?」
「……誰も訪ねてこない、住んでいない場所で1人ですよ? 禁錮の年数は決めません。娘を溺愛する父親として、これ以上の罰はないのでは? 娘にとっても先が見えずに罪を償うのは気が塞ぐでしょう。彼女の自死と脱出を防ぐ措置は行いますが、それ以外は特に制限しません」
館に閉じ込められる身体的な罰より、誰も話し相手がいない場所での孤独こそ罰なのだと告げる。それならば命を奪われることもなく、サタナキアを必要以上に苦しめずに済む。そしてアスタロトは抜け穴を用意していた。
父親が娘に会いに行くことを禁止していない。
ぐいっと髪を引くリリスがすべてのリボンを結び終えたらしい。可愛らしい笑顔で得意げにリボンを指で示した。
「いち、にい、さん、しー、ごー、ろく、なな……あといっぱい!」
7以上は数えられないようだ。いっぱいと笑う幼子に微笑んで、ルシファーは決断を下した。
「その案で構わない、諸侯らに通達せよ」
「承知いたしました」
真剣なやり取りは政治的な判断が絡むものだったが、ルシファーの髪はあちこちにカラフルなリボンが結ばれている。膝の上の幼子は不器用さを存分に発揮し、半分以上のリボンが縦になっていた。膝の上で喜ぶ幼子のおかげで、緊迫感も威厳もゼロだ。
「……凄いお姿ですよ」
ぷっと吹き出したアスタロトが転移で姿を消し、ルシファーは大量のリボンを揺らして首をかしげた。そのあとで鏡をみて苦笑いし、数えながらリリスと外したリボンは24本あった。
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